2010年11月29日

「武士であること」 山崎×土方

山崎×土方連作第1弾です。
黎明録3章後半、山崎の入隊後間もない頃の話です。
今後は、主に土方ルート寄りに展開していきますが、現状では共通部分のネタバレを含みます。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。









『どこの生まれか、どういうふうに育って来たかは関係ねぇ。浪士組に入った以上は、どんな奴でも武士として扱う。……その覚悟はあるか?』
 自分のものより深い色をした紫の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。
『……』
 副長が放ったその一言は、浪士組に入れた高揚と気負いに浮足立っていた俺に、冷や水を浴びせるものだった。
「……」
 偽ることを許さない鋭い光に射竦められ、俺は一瞬言葉を無くす。
 が……。
 同時に俺は、胸の内で感慨と喜びを深く深く噛み締めていた。
 副長はきっと、武家の生まれではない俺に『覚悟がないならここを去れ』と仰りたかったのだと思う。
 だが、俺にはむしろそれが嬉しかった。
 だってそうだろう?
 つまりそれは、裏を返せばこの方が本気だということだ。
 本気で副長は、覚悟さえあれば、俺を武士として扱うと言ってくださっている。
これ以上の喜びなど、有りはしない。
『……』
 改めて、目の前にある上役の顔をじっと見つめる。
 浪士組の副長が、役者のように端正な顔立ちをしているという噂は、町でも耳にしていたが、それは事実だったのだと改めて思い知る。
 そして俺は、土方さんの目を見返して、はっきりと頷いた。
『はい、理解しています』
『そうか』
 端的に答えると、副長はほんの少し表情を和らげる。
(本当に綺麗な方だ……)
 その微笑に、心の奥が震えるのを自覚しながら、俺は一つ目礼した。
 自分が求め続けていたものが、今目の前に存在する。
 大坂の鍼医者の家に生まれたこの俺を、武士として扱うと言ってくださったこの方の役に立てるよう、自分は持てる力を尽くそう。
 そう胸の内で誓いを立てれば、自然と身が引き締まる。
 そんな俺の姿を映し、深紫色の双眸は満足げに揺れていた。

 浪士組に入隊して、十日が過ぎた。
 会津潘お預かりという立場ではあるものの給金さえ貰えぬ浪士組隊士の生活は、来る日も来る日も剣術の鍛練と市中の見回りに終始している。
 この日も巡察当番以外の隊士は、永倉組長の指導の下、一様に剣術の稽古に取り組んでいた。
『こら、お前ら。気合いが足りねぇぞ!そんな剣で、不貞浪士との斬り合いに勝てるかよ!!』
『な、永倉組長……もう勘弁してくださいよ』
『俺、もうこれ以上は動けません……』
『なんだ、もうへばっちまったのか?ったく、情けねぇなあ』
 永倉さんは、きっと本当に剣術がお好きなのだろう。
 教える側の立場であっても、彼はとても熱心なうえに楽しそうだ。
 だが……。
この場合、その情熱と自らの才覚が、どうやら悪い方へ左右してしまっているらしい。
結局彼が、平隊士達にようやく休憩を言い渡したのは稽古を初めて二刻の後。
……殆どの隊士が木刀をまともに持てなくなってからだった。
『まったく、お前らの不甲斐なさには情けなくて涙が出るぜ。俺が撃剣館にいた頃にゃ、文字通り、夜明けから夕暮れまで剣一筋に打ち込んでいたもんなのによ』
 永倉さんは、なおも不満そうなご様子だったが、体力も才能も規格外のご自身と一緒にされても困る、というのが我々の本音だ。
『新八、まあそう言ってやるなって。根っからの剣術馬鹿のお前と同じに扱われたら、こいつらだってしんどいに決まってるだろ』
 見兼ねた原田さんが、俺達の想いを代弁してくれたことに、俺は心から感謝する。
 と、その時だ。
 壬生寺の境内に、一際大柄な隊士が姿を現した。
 浅黒い肌と厳つい身体と、それに似合わぬ温和な面差し。
 俺と同日入隊したばかりの島田君だ。
(確か彼は、今日は副長の命で遣いに出ていた筈だったが……)
 そんなことを考えつつ、ぼんやり様子を見ていると、島田君は旧知の永倉さんに会釈した後、真っ直ぐに俺の元へやって来た。
「山崎君」
 そんな気はしていたが、やはり俺に用事らしい。
「何だ?」
 短く問い返すと、島田君は小さく一つ顎を引いた。
「土方さんが、大坂の件で君に話を聞きたいそうです。稽古中に申し訳ないですが、俺と一緒に来てくれませんか」
(副長が……?)
「わかった!」
 確かに稽古はまだ途中だが、私用であの方をお待たせする訳にはいかない。
 二つ返事で承諾し、俺はすぐさま立ち上がる。
 確かめるように、永倉さんの方を見ると、原田さんと並んで談笑する彼は、白い歯を見せ、俺に「行け」と言ってくれた。
 そんな彼に目礼して、俺はさっと踵を返す。
 と、刹那。
「やれやれ、また山崎だけお呼びかよ」
「まったくだ。剣もろくに振るえない町人上がりのくせに、土地勘だけで幹部の覚えがめでたい奴は得だよなぁ」
――……っ!――
 幹部の耳には届かないように潜められた悪意の声が、俺の耳に微かに届く。
「っ!!」
 胸の奥から、抗い難い憤りが込み上げる。
 だが俺は、敢えて素知らぬ振りをして、そのまま屯所へ歩き出した。
 ……そう。
 こんなところで言い合いなどしている場合じゃない。
 今一番優先すべきは、副長の元へ参じることだ。
 そう自身に言い聞かせ、強引に余計な思考を振り払う。
 しかし……胸の奥に燻るような腹立たしさは、そう容易に消えてはくれない。
 俺は奥歯を噛み締めると、常以上の足早で、境内を進んで行った。
 だが、俺のそんな言動は、傍から見れば、かえって不安に見えたらしい。
「山崎君」
 寺の敷地を出たところで、俺は後ろから島田君に呼び止められる。
「……?」
 立ち止まって振り仰ぐと、大柄な彼は、神妙というか……やけに気遣わしげな顔をして俺をじっと見つめていた。
「その……あまり、気にしない方がいいですよ。皆、自分達にはなかなか手柄を立てる機会がないことに、少々焦れているだけですから」
 そして目が合うなり、彼はそんな言葉をくれる。
「島田君…」
 どうやら彼は、外見通り朴訥な人柄であるらしい。
 それを聞いて、俺は思わず小さく笑った。
「ありがとう。君はいい奴だな」
「いえ、・・・そんな」
 感謝の言葉を口にすると、島田君は照れ臭そうに太い指でぽりぽりと顎を掻く。
 その仕草に、俺はまた少し口許の笑みを深くした。
 そうしてまた、ゆっくりと唇を解いていく。
「だが、俺のことなら心配は要らない。実は、それ程気にしている訳じゃないんだ」
「え、ですが…」
 俺の答えが意外だったんだろう。
 彼は刹那、目を見張る。
 俺はそんな島田君の細い目を静かに見据え、一つ小さく肩を竦めた。
「勿論、全く気にならないと言えば、それはきっと嘘になる。だが……悔しいが、彼らの言葉は事実だからな」
「……」
「俺は君と違って武士ではないし、剣術も決して強くない。副長が俺を重用してくださるのも、単に京や大坂の地理に明るいという、その理由からだけだ。そんなことは、自分が一番よくわかっている」
「……それは……」
 俺の言葉に、島田君はまたさらに複雑そうな顔をする。
(本当に、君は人が好いな)
 俺は、内心小さく呟くと、大柄な仲間に向かい「気にするな」と告げる代わりに顎を引いた。
「しかし、俺はそれでいいと思っているんだ。剣術や学問でなかったことは残念だか、少なくとも今は、自分の手に浪士組の…副長の為に役立つものがあることが有難い。些細な成果かもしれないが、浪士組の一員として、自分が役立てる場があることが、嬉しくて仕方がないんだ」
「山崎君……」
「こんなことを口にしては、志が低いと、笑われてしまうかもしれないが」
 我ながら、かなり青臭いことを口にした自覚はある。
 さすがに些か面映ゆく、俺はそれを隠すように、眦を下げてそう付け加えた。
 だが、島田君はそんな俺に、小さく左右に首を振る。
「いえ、笑ったりはしませんよ。むしろ俺は、自分の力を尽くそうとする山崎君を、とても立派だと思います」
「島田君……」
 意外な言葉に、今度は俺が面食らう。
 すると島田君は、俺を見詰め、さらにふっと目を細くした。
「それに……土方さんが山崎君を重用するのは、土地勘があるからだけではない筈ですよ。確かにきっかけはそうだったかもしれませんが、俊敏だし洞察力や判断力にも優れていると、あの方は君を褒めていましたから」
――……?!――
「副長が……?」
「はい。さすがに直接は言わないでしょうが、先日確かにそう仰っていました。それに、俺もそう思いますし」
「……」
 にっこり笑って、付け加えられた一言に、俺は何も答えることが出来なかった。
(副長が、俺を…)
 内心繰り返してみれば、胸の奥が不意にかっと熱くなる。
 たかが人伝に聞いた言葉に、俺の心はこんなにも容易く、滑稽な程震えてしまう。
(副長……)
 思えば、自分が他者から認められたという事実に、こんなにも感慨を覚えたのは初めてだった。
『もっともっとお役立ちたい』
『あの方から、信頼して頂きたい』
 今この瞬間にも、その思いは抑えようもなく、胸の奥から湧き上がる。
(よしっ……!)
 両の拳を握り締め、自らを奮い立たせると、俺は改めて傍らに在る仲間を仰ぎ、一つ小さく頷いた。
「ならば、早く行こう。副長の期待を裏切る訳にはいかないからな」
 そうして俺は、小さく微笑み、先を促す言葉を告げる。
「ええ、そうですね」
 島田君は少し表情を和らげると、俺に同意してくれた。
 俺達は二人同時に顎を引き、前を向いて歩き出す。
 先程までの苛立ちに焦った歩調と違い、副長室を目指す俺の足取りは、自分でも呆れる程に軽やかだった。

 その晩遅く。
 夜が更けても、なかなか寝付けなかった俺は、一人部屋を抜け出して、縁側から頭上遙かに輝く月を眺めていた。
 ……。
『俊敏だし洞察力や判断力にも優れていると、あの方は君を褒めていましたから』
 青白く光る月を仰ぎながら、昼間に島田君から伝え聞いたあの言葉を、幾度も幾度も思い出す。
 胸の内で何度も反芻する度に、俺はまた、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「……」
 敬愛する上役からきちんと評価を頂けている。あの方が、期待を掛けてくださっている。
 その事実は、これ程までに感慨深いものなのか。
 清かな夜風に吹かれながら、取り留めもなく、そんなことを考える。
 そうして俺は、自分にとっての「仕えるべき主」はやはりあの方であって欲しいと、改めてそう考えていた。
 そう……。
『浪士組に入った以上は、どんな奴でも武士として扱う』
 10日前の紹介の席であの言葉を頂いて以来、俺は密かに、そんな願いを胸の内に抱いている。
 無論、自分は一介の平隊士であり、浪士組の局長が近藤さんと芹沢さんだということは、俺も充分理解している。
 だから俺は、自分の願いはこの胸の内だけに締まって置くと決めていた。
 だが……島田君の言葉を聞いて、どうやらそれが少々表に出てしまっていたらしい。
『お任せください。必ずや、この任務を成功させて参ります!』
 あの後、島田君とともに副長室を訪れた俺は、局長達の大坂出張への同行を言い渡された喜びに意気込んでそう答え、土方さんに笑われた。
『そう言ってくれるのはありがてぇけどよ。もうちっと、肩の力を抜いたって構わねぇんだぜ』
『……申し訳ありません』
 可笑しそうに目を細める副長の微笑を、俺はまともに見ることが出来なかった。
 その微笑みが、俺にはやはりとても美しく見えたから、だ。
「……」
(……副長…・・・、いや、土方さん……)
 頭上で輝く十六夜の月を見上げながら、胸の内で小さくその名を口にする。
(俺の主君は、土方さん……貴方です)
(俺は貴方の命令に従い、与えられた任務を、この身を賭して遂行にしたい)
 いつの日か、胸に湧くこの想いをあの方にお伝え出来たらと思う。
 だが、今がまだその時ではないことも、俺はよくわかっていた。
 そう……。
 俺はまだ、浪士組に入って日の浅い未熟者だ。
 だから今は、一つ一つ実績を積み重ね、副長に信頼を頂くことが何よりも重要なんだ。
 いつの日か、自分が思い描く本物の武士になるために。
「……」
 いつか誰に憚ることなく『自分の主はあの方だ』と口に出来る日が来た時、俺はようやく長年憧れ続けた本物の武士になれる筈だ。
 それはもう、確信と言って良かった。
 だからその日が来るまでは、ひたすらに己を律し、前へ進んで行くだけだ……。
 ふと視線を落としてみると、庭の隅で早咲きの菖蒲が夜風に微かに揺れていた。
 月光の下、真っ直ぐに葉や茎を伸ばし、その頂きに深紫色の花をつけたその姿は、凛として、何処かあの方を偲ばせる。
 その花の気高さに、俺は少しだけ目を細くした。
 その時だ。
「ん?……そこにいるのは、山崎か」
 廊下の先から、問うように呼び掛けられる
 弾かれたように振り向いた俺は、その声の主が誰であるかを理解して、刹那、吐息を飲み込んだ。
「副長……」
「どうした、こんな時間に?他の連中は、もうとっくに夢の中だろ」
 呼び返すと、副長は小さな苦笑を口許に湛え、そんな言葉を口にした。
「っ……!お騒がせして、申し訳ありません。今すぐ部屋へ戻りますので」
 てっきり部屋を抜け出したことを咎められるものだと思い、俺は慌てて一礼し、立ち上がろうと腰を上げる。
 が、それを見た副長は、紫色の目を細め、小さく喉を震わせた。
「構わねぇよ。ここは奉行所の牢屋じゃねぇんだ。部屋を出たくらいで、叱責なんざしやしねぇさ。局中法度にも、んなことは一言も書いてねぇだろ」
「……確かに」
 言われて俺は、大人しくその場に座り直す。
 すると副長は、一つ小さく肩を竦め、おもむろに俺の方へやって来た。
 そうして拳二つ間隔を空け、御自身も俺の隣に腰を下ろす。
 振り仰ぐと、月の光を浴びた切れ長の瞳は、俺の顔を映して静かに揺れていた。
「で、どうした。やっぱりまだ、雑魚寝には慣れねぇか?」
 そうして土方さんは、改めて俺にそう尋ねる。
「いえ、そんなことはありませんが……」
 まさか、『貴方のことを考えていた』と答えられる筈もなく、俺は咄嗟に言葉を濁す。
「その…・・・今日はいい月夜でしたので、何となく、光に誘われて、縁側に出てきてしまいました」
「月?」
「…はい」
「成る程な」
 苦し紛れの言い訳だと思ったが、副長は意外にもあっさりと納得してくださった。
 そして彼は、先程まで俺がしていたように、遙か頭上の月を仰ぐ。
 と、直後。
 小さく微笑むその顔に微かな疲労の色が見え、俺は小さく眉を寄せた。
「副長は、こんな夜更けに一体どうなさったのですか?」
「ああ、俺か?俺は今まで急ぎの仕事をしてたんだが、ちっと煮詰まっちまってな。夜風で頭を冷やそうと、こうして出て来たって訳だ」
「こんな夜遅くまでお仕事を……」
 俺が思わず呟くと、土方さんはまた苦笑する。
「仕方ねぇさ。今の浪士組は問題が山積みだからな。時間なんざ、いくらあっても足りやしねぇ。芹沢さん達に、これ以上好き勝手をさせねぇ為にも、今はとにかく最善と思うことをやるしかねぇんだ」
「副長……」
 苦い想いが、言葉の端から自分にも伝わる気がして、俺は唇を引き結ぶ。
 土方さんは、この両肩にどれだけのものを背負われているのか。
 浪士組のため、この方はどれほど身を粉にして働いておられるのか。
 それを思えば、歯痒さと無力感が己の内から湧き上がる。
(俺がもっと、この方の力になれればいいのだが)
 内心そう呟けばさらに苦い想いは募り、俺は気付かれぬように、両の拳を握り締めた。
 と、直後。
 副長は苦い笑みをほんの少し深くすると、また俺の方へ視線を向けた。
「なあ、山崎」
「はい」
「一つ詰まらねぇことを聞いてもいいか?」
「構いませんが……何でしょうか?」
 唐突な事態に不思議に思って問い返すと、目の前で小さな顎が縦に揺れる。
「お前は確か、武士になりたくてここへ来たんだったよな」
「はい、そうです」
「ってことは、やっぱり腰に大小ぶら下げて、命懸けで刀を振るって敵を斬る。そういうのに憧れていたんだろう。なのにここに来てから任されるのは、偵察だの遣いだのそんな役目ばっかりだ。お前、正直不満もあるんじゃねぇか?」
「副長……」
 意外な言葉に、俺は思わず目を見張る。
 土方さんは、そんな俺を何処かすまなそうな目で見つめていた。
「なんせ、俺達は大半が東国育ちだからな。京はともかく、大坂のことには、皆てんで疎くていけねぇ。その分、つまらねぇ用件で、こっちの生まれのお前を重宝しちまって、ちっと悪ぃと思っていたんだ」
「……」
 付け加えられたその言葉に、俺は暫し絶句する。
 だがやがて、すぐに頭を切り替えると、俺は副長を見据えたまま、小さく左右に首を振った。
「いいえ、不満などありません。むしろ、自分を活かせる場を頂けていることを、俺は光栄に思います」
 そうして、きっぱりと思うことを口にする。
「本当か?」
 改めて確かめるように問われても、無論答えを変えるつもりなどなかった。
「はい。……刀を差し、剣術を学び、かたちだけ似せてみたところで、本物の武士たり得ないことを、俺は経験からよく知っています。ですから、武士である為に、刀や剣術に固執する気はありません」
「……」
「それよりむしろ、重要なのは、何処に居て何をするか、ということではないでしょうか」
 そこで一度言葉を区切り、俺はふっと口角を持ち上げる。
「覚えていらっしゃいますか?『ここに来た者は身分に関わらず武士として扱う』……俺が浪士組に入った日、副長はそう言ってくださいました。ならば、浪士組に籍を置き、自らに与えられた任務を遂行する以上、その役目がいかなるものであろうとも、俺は武士です。少なくとも、自分はそう思っています」
(俺にその誇りを与えてくれたのは、土方さん……貴方です)
 最後の言葉は胸に留め、代わりに俺は真正面から副長の目を見据える。
「……そうか」
 刹那。
 短くそう呟くと、土方さんは少しだけ表情を和らげた。
「まったくお前は…、つくづく頭の固ぇ奴だよな」
「申し訳ありません」
 呆れたように呟かれ、俺は思わず、謝罪の言葉を口にする。
 だが、それを聞くと副長は、さらに笑みを深くした。
「謝るなよ。んな必要は何処にもねぇんだ。むしろ……ありがとよ。そう言って貰えて、ちっと気が楽になった」
「副長……」
 名を呼ぶと、深い色の双眸が満足げに小さく揺れる。
 そうして副長は、一つ小さく目配せした後、おもむろに立ち上がった。
「さて、そんじゃ俺はそろそろ行くぜ。お前もあまり夜更かししねぇで、とっとと休めよ」
「はい!」
「それから、また一つ頼みてぇことが出来た。明日は朝飯が済んだら、島田と二人で部屋へ来てくれ」
「承知しました。何でも言い付けてください」
 意気込んで答えると、副長は困った奴だと言いたげにまた一つ肩を竦める。
 だが……。
「ああ。期待してるぜ」
 彼は静かな声で、俺にそう答えてくれた。
 そうして副長は、踵を返し、ゆっくりと歩き出す。
「おやすみなさいませ。お忙しいのはわかりますが、あまり御無理はなさいませんよう」
 急いで立ち上がり、俺は遠ざかるその背中に声を掛ける。
「おぅ」
 土方さんは、顎の先をこちらに向けると、また小さく微笑んだ。
「ッ……!」
 月の光に照らされたその笑みの艶やかさに、俺は刹那、息を飲む。
 角を折れ、敬愛する方の背中が完全に見えなくなった後も、俺は暫く呆然とその場所に佇んでいた。





<後書き>
 前々からカテゴリのみ作っておりました連作、ついに開始しました。1作目は二人の出会いの直後、黎明録の頃のことです。最初から、山崎が副長を好き過ぎる気がしましたが、ゲームであれを見せられたら仕方がありません。次はこれより少し時間が進み、羅刹の事件を絡めて土方視点でお届け予定。大体月1回の更新になると思いますが、気長にお待ち頂ければ嬉しいです。


posted by 二月 at 10:21 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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