2011年02月22日

「君がため(前編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第4弾です。
黎明録土方ルート6章から7章の間の話、芹沢局長暗殺事件絡みの内容です。
上記ルートのネタバレを含みますのでご注意ください。
今回は前編のみの更新です。
後編は2月中にUPします。




ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。









 化け物の紅い瞳が、夜の闇にぎらりと光る。
 咆哮とも怒号ともつかない声が、その喉から放たれる。
 そうしてまた、振り下ろされた白銀の刃。
 いち早くそれに反応したのは、傍らにいた総司だった。
 奴は瞬時に前へ出て、羅刹と化した男の刀を自身の獲物で受け止める。
「総司っ!?」
「沖田君!!」
「っ……!平気ですよ。はは……だけどやっぱり芹沢さんは、凄いなあっ。鋭いし、なかなか…重いっ!……」
「馬鹿野郎!無駄口なんて叩いてねぇで、前を見やがれ!!」
「うぐおぁぁぁ―――――――――っ!!!」
 俺が総司を怒鳴りつけたのと、男が獣じみた声を上げたのは、ほぼ同時のことだった。
 奴は、叫ぶと同時に力任せに目の前の敵を押し退けようと、前へ出る。
「っ!」
 日頃から、鉄扇を振り回して悦に入るような野郎との力勝負は、さすがに遠慮してえんだろう。
 総司は化け物が圧すに任せて後ろに下がる。
 と、目の前の敵を追い込むことに躍起になった羅刹の男に、側面から山南さんが斬り掛かった。
「っ、早い……!」
 しかし、相手は羅刹だ。
 すぐに急襲に勘付いて、奴は身を翻し、不意打ちをかわしちまう。
 山南さんの刀が傷つけたのは、奴の左側の袖と、腕の薄皮一枚のみ。
 が、隙を作るって点でいや、そいつは充分なもんだった。
 注意が右手の山南さんと総司に向き、左側はがら空きだ。
(今しかねぇ……!!)
 躊躇っている暇はなかった。
 俺は素早く太刀を構え、奴の懐に一直線に飛び込んで行く。
 狙いは一つ。
 確実に奴を殺せる場所……心臓だ。
「でやあぁぁぁ―――――――っ!!!」
 振り返った紅い瞳が俺を捉え、奴は応戦を試みる。
 だが、白銀に光るその刀が振り下ろされるよりも早く、俺の太刀は奴の胸をしっかりと貫いていた。
「っ!!」
 刹那、稲光が閃くとほぼ同時に、断末魔を掻き消すように、雷鳴が響き渡る。
 ……。
 雷光に掻き消され、男の顔が、一瞬視界の中から消える。
「殺った、のか……?」
 手応えはあった。
 今も柄を握る手には、刺し貫かれて狂ったように脈を打つ奴の鼓動がはっきりと感じられる。
 だが……。
「っ……!」
 俺は冷たい光に照らされた奴の顔を睨みつける。
 と、瞬間。
 血に濡れた羅刹の男の唇に、不意に不敵な笑みが浮かんだ。
 そして……。
――……で、……んだ…――
「っ!あんた……」
 僅かに耳に届いた声に、俺は思わず目を見張る。
 が、驚愕にあげた声に、返る答えはもう無かった。
 不意にふっと大柄な身体から力が抜ける。
 そうして、奴はそのままどさりと後方へ崩れ落ちた。
「……」
 刹那の沈黙。
 部屋にいる誰もが、固唾を飲んで、床に伏した男の様子を窺っている。
 だが、血に狂った化け物に自ら変じた大馬鹿野郎は、いくら待ってももう二度と、立ち上がる気配を見せなかった。
 文久三年九月十六日。
 俺達が憎み羨み焦がれ続けた「本物の武士」は、滝のような冷たい雨が降りしきるなか、こうしてその生涯に幕を下ろした。

 惨劇を覆い隠した冬の豪雨は、明け方近くにようやく上がった。
 大きな事を成し遂げて迎えた新しい朝は、明るく穏やかな日の光に包まれている。
 まだ軒や木々の枝からは、昨夜の名残の雨の雫が絶えず落ち続けていたが、その音さえも今は何だが心地好い。
 が、生憎と俺達には、その莢かな音に耳を傾けている余裕はなかった。
『不貞浪士が屯所を急襲。応戦虚しく、芹沢さんと彼の元を訪れていた愛人が殺害され、井吹が重傷を負わされた』
 その一報は、夜が明けるよりも早く、平隊士達にも伝達された。
 無論、そいつを公表したのは俺達だ。
 隊士達の中には、昨夜の動きに感づいて、俺達の報せを訝しんでいる連中もいたようだが……。
 しかしこれからこの新選組を取り仕切っていくのは、俺達だ。
 不穏分子を黙らせる方法なんざ、いくらでもある。
 隊士達の動向には、今のところ、山南さんが目を光らせくれている。
 あの人なら、例えそういう連中が不審な動きを見せたとしても、事が大きくなる前に上手く対処してくれるだろう。
 芹沢さん達の亡き骸は、総司と新八を連れて戻った斎藤が、昨夜のうちに始末した。
 これでもう、羅刹化したあの人の躯が、隊士連中の目に触れる恐れはねえ。
 ここまでの手筈は、当初の予定通りに進んだと言っていいだろう。
 ただ、想定外だったのは、会津潘邸をはじめ、各所への伝令を頼もうと思っていた山崎と、荒れた新八の宥め役を任せるつもりだった原田の手を、井吹に取られちまったっていうことだ。
「……」
 芹沢さんに喉を突かれ、力無く崩れ落ちた井吹の姿を思い出せば、我知らず胸の奥から苦いもんが込み上げて来る。
『君って、つくづく運がないよね』
 戦いの最中に飛び込んで来たあいつのことを、総司はそう評していたが……。
 今回ばかりは、その言葉に俺も同意せざるを得ないだろう。
 昨夜のことは、井吹にとって、あまりに巡り合わせが悪かった。
 もしも俺達が島原に出掛けるところに居合わせてなきゃ、井吹はそのまま山崎から偽の任務を請け負って、屯所から遠く離れた旅籠で夜を明かしていた筈だ。
 そうじゃなくとも、芹沢さんがあの場で井吹を連れて行くと言わなけりゃ、奴が俺達の様子に違和感を覚えることもなかっただろう。
 そして、あいつが懸命に自分を止めようとする山崎の手を振り払い、屯所へ戻って来ることも……。
「っ……!」
 直接何があったのか確かめちゃいなかったが、屯所を離れたあいつらの間に一体何があったのか、そいつを想像するのはそう難しいことじゃねえ。
 迷いなく、あの部屋に飛び込んで来た井吹の野郎と、血相変えてそいつを追って来た山崎。
 奴らの姿を見ていりゃ、そいつは一目瞭然だった。
『っ……、井吹!!』
 井吹に続いて山崎が八木邸に辿り着いたのは、戦いが終結したすぐ後のことだった。
 奴は部屋を一瞥すると、倒れ伏した井吹を見つけ、一目散に彼の元へ駆け寄った。
『これは……』
 直後、傷口と出血量を目の当たりにして、菫色の双眸が大きく揺れる。
 苦しげに歪んだ山崎の表情は、井吹の怪我が深刻な状態であることを、あからさまに物語っていた。
『っ……!』
 山崎はきつく唇を引き結ぶと、自分の手が汚れるのにも構わずに、持っていた手ぬぐいで懸命に井吹の喉の傷の止血を試みる。
 が、刹那。
『待った、山崎君。彼の手当をしていいって、一体誰が許可したの?』
 そんな奴の行動を、不意に総司の声が制した。
『っ……!』
 棘のあるその言葉に、山崎は弾かれたように顔を上げる。
 薄い唇が何かを言いたげにほんの僅かに動いたが……。
 だが、総司の言葉が的を得た指摘であることを、奴も理解しているんだろう。
 山崎はそのまま何も言わず、睨むようにただ総司を見返した。
 しかし一方、総司はそんな奴の視線を、まったく気にした様子もねえ。
 奴は面倒臭そうに井吹の方を一瞥した後、山崎の目を故意に無視して、ゆっくりと視線を俺に移した。
『……』
『ねえ、土方さん。土方さんはさっき、僕がお梅さんをどうするのかって聞いた時、今夜芹沢さんのところへ来たのが悪いから殺していいって言いましたよね?』
『……ああ…』
『なら、井吹君も同じでしょう。むしろ、芹沢さんの死の真相を知ってる彼を生かしておいたら、きっとこれからの僕達にとって邪魔になる。彼にはこのまま、死んでもらった方がいいんじゃないかな』
『っ……!!』
 沖田の言葉に呼応するように、視界の隅で山崎の顔が苦しげにまた歪む。
 俺はそんな二人を見据えながら、直面したこの問題への対応に、暫し思案を巡らせていた。
 ……。
 確かに、総司の言うことは正論だ。
 ここで井吹に温情を掛けてこいつの命を助けることは、後々に争いの火種を作る恐れだってあるだろう。
 だが……。
『まったく、抜け目のない男だな』
『誰もがあんた達みたいに生きられる訳じゃないだろう。誰かの役に立つことに、喜びを見出す奴だっているだろうし』
 この半年、奴と交わした様々な言葉が、脳裏を過ぎる。
 裏表のねえ表情や、真っ直ぐな奴の物言いが、幾つも幾つも浮かんでは消えていく。
「……」
 多分、根っからのお人好しってのは、こいつみたいな馬鹿のことを言うんだろう。
 自分の進むべき道がわからねえと言いながら、俺は隊士じゃないんだと二言目にはぼやきながら、頼んだ仕事にはいつでも真面目に取り組んで来た井吹。
 そんな姿を思い出せば、多少なりとこのまま奴を殺すことに、躊躇を覚えずにはいられねえ。
 そして……。
『……』
 ふと視線を横へ移すと、釣り上がり気味の菫の瞳は、息を殺して、俺をじっと見つめていた。
(山崎……)
 本当は、今すぐでも友人である井吹の手当てをしてえんだろうに。
 呆れるくらい隊務に忠実であろうとするこの馬鹿は、こんな局面になってさえ、俺の指示に従おうとする。
 恐らく俺が『放って置け』とたった一言口にすりゃ、山崎は井吹への情さえも切り捨てて、黙ってその通りにするだろう。
 ……そうしてこいつは武士になるって目的の為に、また一つ、自分の感情を殺していく。
 そんな山崎の胸の内を推し量れば、俺はまた、決断を迷わずにはいられねえ。
「……」
 こいつは気付いているんだろうか?
 今目の前で息絶えようとしている男と肩を並べている時だけ、自分がいつもよりも、素直に色んな感情を表していたっていうことに。
 そうして俺は、ふとそんなことを考える。
(……いや、多分お前は、てんでわかっちゃいねえよな。もし自覚があったなら、生真面目なお前のことだ。自分の甘さを猛省して、井吹の奴を遠ざけようとしたんだろうからよ)
 だが、俺はすぐにそんな結論に思い至って、内心小さく苦笑した。
 町医者の生まれで武士になりたがっていた山崎と、武士の家に生まれながら、心底武士を嫌っていた様子の井吹。
 だがその半面、こいつらは不思議と馬が合ったようだ。
 俺の目には二人揃って顔を腫らして帰って来たあの日以来、この二人が立場や目的は違っても、互いを信じ、切磋琢磨する相棒のように見えていた。
 正直な話、俺は山崎にそういう奴がいるってことに、少し安堵していたもんだ。
 俺に試衛館の連中がいるように、山崎には井吹がいる。
 誰にもそういう存在ってのは、多分必要なんだろう。
 例えいつか道を違えることがあったとしても、信じ合い、ともに歩んだかけがえのねえ仲間の存在は、きっと苦難の道を進む助けになってくれる筈だから。
 甘いかもしれねえが、俺はそう考えている。
 そうだ……。
 だからこそ、俺は今思う。
 仮に総司の指摘が的を得たもんであったとしても、山崎の前で、井吹をむざむざ殺してもいいのか、と。
 今ここで井吹を見殺しにすることは、こいつにとって、取り返しのつかねえ結果を生みはしねえか、と。
『っ……』
 周囲の誰もが、俺の次の一言を待っている。
 近藤さんからこの襲撃の件を一任された時点で、今この場での決定権は俺にあるんだ。
(なら俺は、てめえの勘を信じるまでだ)
 俺は深く嘆息すると、固唾を飲んでこっちを見つめる連中を一瞥した後、真正面から山崎へ目を向けた。
『山崎』
『はい!』
『……応急処置が済み次第、そのまま医者を呼びに行け。井吹はこいつが寝起きしてる部屋まで原田に運ばせる』
 そうして俺は、淡々と自身が出した結論を口にした。
『土方君!』
『何だ、結局助けるんですか。どうして彼をそんなふうに特別扱いなんかするのか、僕にはわからないんですけど』
 と、直後。
 案の定、総司と山南さんからは批難の声が飛んで来る。
 だが、そいつはとうに見越したうえでの結論だ。
 俺は、再び二人の方を振り返ると、一つ小さく顎を引いた。
『総司、確かにお前の言い分は認めるさ。……だがな、こいつは今まで、隊士でもねえ立場にいながら、監察方の仕事をずっと真面目にこなして来たんだ。日々の諜報活動から、それこそ羅刹の捜索なんて、危険を伴うもんまでな。そんな井吹をここで見殺しにしちまうのは、義を重んじる武士のやることじゃねえだろう。少なくとも、近藤さんはそんなこと、絶対に望まねえよ』
 そうして俺は、尤もらしいそんな言葉を口にした。
『……でも、この傷ですよ。手当てなんてするだけ無駄じゃないのかな』
 と、近藤さんの名前を出され、総司はさらに憮然としながら、そんな反論を口にする。
 だが、その言葉はさっきまでの自信に満ちたもんとは明らかに違っていた。
『だから、だよ。少なくとも、芹沢さんに拾われた時、こいつは心底生きることを望んでいたんだ。今までの働きに免じて、生き残る機会を与えるくらい、してやってもいい筈だ』
 案の定、俺がそう付け加えると、ヤツは不満げな顔をしながら押し黙る。
 俺はそれを見届けると、また山崎へと視線を落とした。
 刹那、菫の瞳が不意に小さくまた揺れる。
『っ……副長……』
『早くしろ。事は一刻を争うんだろ』
 俺は真正面から奴の目を見据えたまま、端的な言葉で呆然とした奴を促した。
『……』
 おそらくは、真逆の決定を下されることを覚悟していたんだろう。
 山崎は驚愕と困惑が入り混じった顔をして、両の目を見張っている。
 が、それも束の間のことだった。
『……わかりました、直ちに!』
 直後、奴は表情を引き締めて、深々と一礼する。
 そうして俺の命令通り、山崎は井吹の延命を図るべく、喉の傷の止血作業を開始した。
 ……。
 今まで直に見ることはなかったが、なるほど手慣れているもんだ。
『では、俺は原田組長をお呼びした後、そのまま医者へ行って来ます』
 持っていた手ぬぐい一つで瞬く間に処置を終えると、山崎は一言そう言い置いて、部屋の外へ飛び出して行く。
(これで、いいよな……)
 その顔に、先程まではなかった希望の色を見出して、俺はてめえ自身を無理矢理納得させるみてえに、内心そんな呟きを漏らす。
 俺は、山崎の背中をただ黙って見送ると、改めて一つ深く嘆息した。
『土方君』
 と、直後。静かな声に名を呼ばれる。
『……?』
 振り向くと、山南さんが複雑そうな顔をして、こっちをじっと見詰めていた。
(……まあ、この人がこれで納得してくれる訳がねえよな)
『本当にいいんですか?先程沖田君が言ったように、芹沢派で今夜の事の真相を知る井吹君の存在は、我々にとって、到底歓迎できるものではありませんよ』
 案の定、普段の柔和な仮面を捨てて、山南さんは厳しく俺に言い放つ。
 が、俺はそんな彼の物言いに、小さく一つ顎を引いた。
『ああ、さっき言った通りだよ』
『しかし……』
『何、心配は要らねえさ。あんただって、よく知ってるだろう。井吹は間違っても、俺達に剣を向けるような奴じゃねえよ』
『……』
『それに、こんなことを言うからには、勿論俺にも覚悟は出来てる。……もしも今後、井吹が俺達新選組に仇をなすようなことがあった時は……、俺がこの手でこいつを斬る。それなら構わねえだろう』
 そこまで言うと、俺は山南さんを見据える目に、少しばかり力を込める。
 山南さんは、暫しの間、眉を寄せて思案顔をしていた。が、やがて……。
『……わかりました。君がそこまで言うのなら、ここは私が折れましょう』
 吐息とともに、一つ肩を竦めると、年上の人は、諦めに似たそんな言葉を口にした。
『ありがとよ、恩に着る』
 俺はそんな彼に向かい、小さく口角を持ち上げる。
『やれやれ、土方さんは時々妙に甘いですよね。主には誰かさんが関係した時。まあ、別にいいんですけど』
 と、そんな俺達の遣り取りを見て、総司がそんな呟きを漏らす。
 ……。
 多少なりと自覚はあるが、面と向かって指摘されると、さすがに面白くねえもんだ。
『うるせえぞ、総司。いいからお前は、とっととここの後始末に取り掛かれ』
 俺は眉を吊り上げて、総司に向かい指示を出す。
『ええ、僕一人でやるんですか?それはちょっと嫌だなあ』
(ったく、いちいちうるせえ野郎だ……)
 いつも通り、俺の命令にゃ文句しか言って来ねえ奴に向かい、俺はさらに苦虫を噛み潰す。
『別にてめえ一人に任せやしねえ。間もなく斎藤が戻って来るだろう。だからここは、お前らに任すんだよ。事の次第も知らねえ奴に、後始末はさせられねえからな。その間に俺達は……』
 言いながら、俺はまた山南さんへと視線を移す。
『ええ、わかっていますよ。『芹沢さんは不貞浪士の襲撃に遭い、討死した』私と土方君は、副長として、それを隊士達に伝えなければなりませんね』
 案の定、察しのいい年上の人は、含みのある笑みを浮かべながら、先読みした言葉を掛けて来る。
『……さっすが、話が早くて助かるぜ』
 俺はそんな山南さんの瞳を見遣り、小さく一つ肩を竦めた。



<後編へ続く>


posted by 二月 at 16:10 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
web拍手 by FC2
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。