2011年02月28日

「君がため(後編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第4弾後編です。
文字通り、前編直後の物語。
黎明録土方ルート6章から7章の間の話、芹沢局長暗殺事件後の内容です。
上記ルートのネタバレを含みますのでご注意ください。





ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。












 あれから二度目の夜が来た。
 芹沢さんの葬儀が明後日壬生寺で執り行われることが決定し、騒ぎに乗じて姿を消した平間の捜索はまだ今も継続中。
 相変わらず屯所の中は、穏やかとは言い難い状況だったが、それでも少しずつ、組織は本来あるべき姿を取り戻しつつある。
 多少ばたついている印象はあるが、巡察や隊務は次第に普段通りに戻され、一時は不貞腐れて荒れていた新八も、今じゃ表面上は落ち着きを取り戻していた。
 そして何より目の上の瘤だった芹沢さんが消えたことで、近藤さんを中心に組が一つにまとまりつつある。
 俺はその変化を、確かなもんとして隊士達の姿から、ひしひしと感じていた。
 そう……。
 生まれも家柄も関係なく、本当に武士を目指す者だけが、志を持って集う場所。
 俺達がずっと目指して来たその場所に、新選組は今やっと生まれ変わろうとしているんだ。
 そのことを、心の底から実感する。
『俺達新選組の新しい歴史は、ここからようやく始まるんだ』
 芹沢さん暗殺を遂げたあの日、呼び寄せた山崎に向かって口にしたその言葉は、まさに今現実になろうとしていた。
 が、一つ胸に引っ掛かって仕方ねえのは、その感慨や喜びを、まだその言葉を告げた奴とともに出来てねえっていうことだ。
「……山崎」
 傍にある行灯の火を見つめていると、思わずふと、その名前が口をつく。
 瞼の奥では、菫色の双眸に感慨深い色を浮かべて一礼する奴の姿が幾度も幾度もちらついた。
 ……。
 あの日、医者を呼びに屯所を飛び出して行って以来、山崎は俺に一度も姿を見せちゃいない。
 今この瞬間も、奴はほぼ不眠不休の状態のまま、危篤に陥った井吹の看病を続けていることだろう。
 それは確かめるまでもねえことだった。
『いやな、俺も何度か「とにかく一度土方さんへ報告して来い」って言ったんだけどよ。あいつ、梃子でも井吹の傍を離れようとしねえんだよ。まあ、気持ちはわからなくもねえけどな。だけどあれじゃ、そのうち山崎の方がぶっ倒れるぜ』
 代わりに井吹の容態を伝えに来た原田は、らしくねえ沈痛な面持ちであいつのことをそう話していた。
 俺はそんな奴の言葉に、「そうか」と短く答えることしか出来なかった。
 ……あの生真面目な馬鹿なことだ。
 山崎はきっと、井吹を助けられなかったことを、深く悔いているんだろう。
 そんなあいつが、ちょっと目を離した隙に、状態が急変しかねねえ井吹の傍を離れられる訳がねえ。
 容態が何とか無事に峠と越えるか、それとも手当ての甲斐もなく三途の川を渡っちまうか。
 いずれにせよ、その結論が出るまでは、誰に何と言われようと、奴はこのまま井吹の看病を続けるだろう。
 あいつは……山崎烝はそういう男だ。
 そして、山崎がここへ来ねえのは、まだ状況が動いていねえ何よりの証拠。
 なら、自分はここで待つだけのこと。
 そいつが俺の結論だった。
「……」
 無論、同じ屋根の下にいるんだ。
 様子を見に行こうと思えば、そいつが出来ねえ訳じゃねえ。
 だが俺は、敢えて井吹と山崎がいる部屋に足を向けようとは思わなかった。
 あの日、井吹を屯所から引き離せと山崎に命じたのは、他でもねえ、この俺だ。
 その判断は妥当だったと今も思うし、結果がどうあれ、あいつ以外にその役を担える奴はいなかっただろうとも確信している。
 が……。
 それでも今のこの状況に、俺は胸に苦いもんを覚えずにはいられなかった。
 俺があんな命令を下したことで……、俺があいつを今回の件に巻き込んだことで、山崎は今こんなにも苦しんでいる。
 その考えを、俺は頭から容易に消すことは出来なかった。
 だからこそ、俺は死の淵に瀕した井吹と、その傍にいる山崎に会いに行こうとは思えなかった。
 ……なんてことはねえ。
 あいつらに今会ったら、俺はまた、自分自身が何処かで判断を誤ったんじゃねえのかと、後悔しちまいそうな気がしていたんだ。
 そう……。あの日、芹沢さんを討つことは、これからの新選組に絶対必要なことだった。それだけは間違いねえ。
 だが、それを為すことに躍起になるあまり、俺はまた何処かで間違っちまったんじゃねえか。
 新見さんへの対処が遅れて、多くの奴らがゴミみてえに殺されたように、今度は死ぬ必要のねえ井吹が死に、その悔恨と自責の念を山崎に背負わせることになるんじゃねえか。
 俺はそう思えて仕方がなかった。
(まったく……「鬼になってやる」なんて芹沢さんに豪語しといてこの始末じゃ、世話ねえよな)
 そんな自分の甘さや弱さに、俺は一人、苦笑する。
『やれやれ、土方さんは時々妙に甘いですよね。主には誰かさんが関係した時』
 あの日、総司が漏らした声が耳の奥に蘇る。
(……うるせえ。んなことは、よくわかっているんだよ)
 俺は僅かに眉を寄せると、胸の内でその声に小さく反論した。
 ……。
 総司のあの言い様は、今でも心底気に入らねえが、あいつの指摘は腹が立つ程的を得たもんだった。
 その自覚は、勿論ある。
 当然だろう。
 今だって、俺は組織の為には井吹がこのまま逝ってくれた方がいいんだって理解しつつも、山崎の為にあいつには助かって欲しいと願ってる。
 こんな馬鹿な矛盾はねえんだ。
 だが……。
 そんな女々しくも甘っちょろい考えを、俺はどうしても、捨て去ることは出来なかった。

 幾つかの書類や手紙を仕上げ、斎藤や山南さんからの報告に耳を傾けて。
 そんなことをしている間に、この夜もあっと言う間に更けていく。
 そうして真円の月が頭上に昇り、半刻が経った頃だろうか。
 不意に廊下に、慣れた人の気配を感じ、俺は小さく息を詰めた。
「…!」
 直後、2日間ずっと待ち続けていた声が、ようやく俺の耳に届く。
「……副長、まだ起きていらっしゃいますか?」
 ひっそりと静まり返った廊下から、静かだが確かな声で、奴は俺に呼び掛けて来る。
「山崎か?」
「はい。……夜分遅くに、申し訳ありません。少々ご報告したいことがあるのですが」
 低められたその声は、明らかに緊張を孕んでいる。
 俺は硬質なその響きに、自分の眉間に皺がよるのをはっきりと自覚した。
 が……この結論は、いつまでも先送りに出来るようなもんじゃねえ。
「入れ」
 だから俺は、端的な言葉で奴を促す。
「失礼します」
 山崎は、短くそう答えると、いつも通りするすると襖を開けて、俺の部屋に入って来た。
 無駄のない動きで後ろ手に戸を閉めると、奴は平素と同じように、深々と一礼する。
 そうして直後、顔を上げた奴の視線と俺のそれが、真正面からぶつかった。
「……」
「……」
 この2日間、ろくに休んじゃいないんだろう。
 山崎の顔には疲労と憔悴の色が濃かった。
 元々白い頬は明らかに扱け、印象的な紫色の目の下には、くっきりと黒い隈が刻まれている。
 が、幸いなことに、その表情に取り乱した様子はねえ。
 ということは……。
 促すように、一つ小さく顎を引くと、山崎はほんの一瞬唇を引き結ぶ。
 そうして奴は、おもむろに核心の言葉を切り出した。
「ご報告します。井吹の容態が峠を越えました。先程、医者にも看てもらいましたが、ここまで来れば、もう命に危険はないだろうということです」
(あいつ、生き伸びやがったか……)
「そうか」
 胸の奥で、感慨と安堵に似たもんを覚えながら、俺は短くそう答える。
 だが、直後。
 もっと喜びを露わにしていい筈の山崎は、俺の声に不意にまた苦しげに奥歯を噛み締めた。
「ですが……」
「ん?」
「ですが、医師はこうも言っていました。例え生き長らえたとしても、喉の損傷はやはり酷く、恐らく井吹はもう二度と、口を利くことは出来ないだろうと」
「っ!」
 突きつけられたその言葉に、俺は瞬間、鋭く息を飲み込んだ。
 ……。
「………」
 俺はすぐに、山崎に返す言葉を持たなかった。
 自分の胸が、突き付けられた事実の重さに軋みをあげる。
(井吹……)
『なあ、土方さん。あんた本当にこれでいいのかよ?』
『うるさいな、そんなのあんたには関係ないだろ!』
 人柄同様、抑揚に飛んだ、真っ直ぐで真正直な井吹の声。
 あの声がもう二度と失われちまったのかと思うと、やりきれねえ感情が腹の奥から湧き上がるのは止められない。
 ……井吹の奴は、母親が死に、天涯孤独になった身で、京へ来たと言っていた。
 その上、明らかに刀傷とわかる怪我で声まで無くしちまったんだ。
 この先何処でどんなふうに生きるにせよ、これからの奴の人生は、相当に酷なもんになるだろう。
 そして……例えここで命を助けてやれたとしても、新選組にあいつの居場所はもう何処にもねえ。
 そこまで思考を巡らせて、俺は唇を引き結ぶ。
 そうして俺は、山崎を見据え、一つ小さく頷いた。
「そうか……。あれだけの怪我を負っちまったんだ。全快は難しだろうと思っちゃいたが、相当に高い代償になっちまったな」
「……」
「まあいい。今そのことを、とやかく言っても始まらねえだろ。容態が落ち着き次第、奴の身柄は屯所の外へ移すことになるだろうが。あいつを今後どうするかは、井吹自身が動けるようになるまでの間に、これからゆっくり決めりゃいい」
「はい」
 俺の言葉に、山崎は沈痛な面持ちで顎を引く。
 ……実を言や、井吹の処遇についてはまだ、殺すべきだという意見も、幹部の間に根強くある。
 が、それについて、俺は敢えてここでは口にしなかった。
 元々、反対派の山南さんや総司の奴も、井吹が憎くて殺せと言ってる訳じゃねえ。
 あいつが口を利けなくなったことを知りゃ、説得の余地は十二分にあるだろう。
 ならここは、徒に山崎の不安を煽る真似はするべきじゃねえ。
 そう判断する。
 俺はそこで、一つ顎を縦に引くと、ほんの少し眦を下げて、おもむろに唇を解いた。
「とにかく、看病ご苦労だったな。あいつも無事に峠を越したんだ。お前もこれで、少しは体を休めろよ。今夜の付き添いは、斎藤か原田にでも、代わりを頼みゃいいだろう」
「副長……ですが、幹部であるあの方々にそんな真似をさせる訳には」
 と、俺の労いに、山崎は複雑そうに眉を寄せる。
 そんな奴の反応に、俺は今度こそ、苦い笑みを口許に湛えた。
「馬鹿野郎、青白い顔して何言ってやがる。いいから休め。これは副長命令だ」
「ですが……」
「お前には、明日の朝から監察方として、頼みてえことが山積みなんだよ。看病疲れで倒れられたりなんかしたら、それこそいい迷惑だ。だから今夜はもう寝とけ。わかったな」
「……承知しました」
 だが、どんなに異論があったとしても、監察方の任務のことを持ち出せば、こいつは決して逆らわねえ。
 案の定、俺が睨むような目でそう言うと、山崎は渋々ながら頷いた。
(ったく、この生真面目は……)
 不本意そうなその表情に、俺はつい、口許の笑みを深くする。
 と、山崎はそんな俺の目をじっと見据え、折り目正しく一礼した。
「では明朝、改めてこちらへ伺います。任務については、その時に」
「ああ、頼んだぜ」
 その言葉に、俺は答え顎を引く。
 すると奴は、そんな俺にまた頷き……。
 そして刹那、不意にすっとまた表情を引き締めた。
「どうした?」
 唐突に固く強張っちまった白い頬。
 その変化の理由が全く理解出来ず、俺は短く問い返す。
「……」
 山崎は、俺が漏らした疑問の声に、暫しの間、躊躇う素振りを見せていた。
 しかし、やがて……。
「副長」
「ん?」
 硬い声で俺を呼ぶと、奴は額が畳に擦れる程、深々と頭を下げる。
「っ……!!」
「……井吹のこと、申し訳ありませんでした。せっかく副長が、彼を戦いから遠ざけようとして下さったというのに、その御心を無してしまい、面目次第もありません。俺が……、俺があの時、もっと上手く井吹のことを制していたら、こんなことには……」
 そうして奴は、抑えきれねえ感情に、小さく声を震わせながら、そんな言葉を口にした。
「山崎……」
 呼び掛けても、糞真面目なこの男は、容易に顔を上げようとしない。
「誠に、申し訳ありませんでした……」
「……」
 血を吐くみてえな謝罪の声を、俺は半ば呆然と聞いていた。
(本当に、こいつは……)
 胸の内で呟けば、苦々しい感情が喉元まで込み上げる。
 ……。
 山崎は、責任感の強い男だ。
 ただ単に「気にするな」と言ったところで、こいつは絶対納得なんかしねぇだろう。
 それに、山崎に一切責がねぇと言えば、そいつは嘘になっちまう。
 そんなことは。俺もよくわかってる。
 だが……。
 だがそれでも、俺はこいつをこのままにはしておけなかった。
「馬鹿野郎、謝る相手が違うだろうが。そういうことは、目を覚ました後、井吹の奴に言ってやれ」
 だから俺は、呆れたように嘆息すると、ぼそりとそんな呟きを漏らす。
「副長」
「まあもっとも、あいつだって、お前のことを恨みに思っちゃいねえと俺は思うがな。……お前だって、わかってんだろ。井吹はそんな奴じゃねえさ」
 そうして俺は、菫の目を見遣りながら、さらにそう付け加えた。
「っ……!!」
 刹那、俺の反論に山崎は苦しげに顔を歪ませる。
 俺はそんな奴を見据え、宥めるように、一つ小さく肩を竦めた。
「なあ、山崎。気に病むなって言っても無理な話かもしれねえがな。あの夜のことは、お前だけのせいじゃねえよ」
「しかし」
「『しかし』じゃねえ!…あの時は、巡り合わせが悪かったんだ。芹沢さんがあんなことを言い出すなんて、誰にも予想出来ねえだろう」
「……」
「いや……あの場であの人を言うことを聞いて、井吹を同行させちまったんだ。むしろ咎があるとすりゃ、そいつは俺の方かもな」
「っ、そんなことはありません!!」
 と、自嘲が滲んだ俺の言葉に、山崎は弾かれたように声を上げる。
「山崎……」
 監察方として、冷静な判断を常に心掛けているこいつにしては、珍しい程激した声。
 その剣幕に目を見張ると、奴はやはり、何時になく厳しい目をして、真っ向から俺を睨みつけて来た。
 ……。
 目が合うと、奴はさらに両の眉を吊り上げる。
「過程で何があったのかは、問題ではないでしょう!全ては俺の責任です。……副長達が芹沢さんと対峙なさっている間、俺がせめてもう少し井吹を足止め出来ていたら。彼が屯所に到着するのを、僅かでも遅らせることが出来ていたなら、彼はあんな怪我を負わずに済んだ。……副長、この件に貴方に責などありません!!」
 そうして奴は、きっぱりとそう断言する。
「……何だお前。今夜は随分、頑なに言い張るな」
 一本気な分、激しやすく融通がきかねえところはあるが、この男がここまで自分の主張を押し通すことは珍しい。
 その態度に、少しばかり違和感を覚え、俺はそう指摘する。
「っ!」
 と、俺の声に、菫の瞳が動揺を湛えて大きく揺れた。
 ……だが、それもほんの一瞬だ。
 奴は直ぐに表情を引き締めると、改めて真正面から俺を見据えた。
 その瞳が、不意にまた清冽な輝きを増していく。
「当然です。貴方が御一人で、罪や責を負おうとするのをわかっていながら、黙って見てはいられません」
 そうして山崎は、躊躇いのない声で、俺に向かいそう告げた。
「……何?」
 瞬間、突き付けられた意外な言葉に、俺は思わず目を見張る。
 山崎はそんな俺に目を向けたまま、また静かに唇を解いた。
「副長……貴方は俺には『気に病むな』と仰いながら、御自分のことは、まだ今も許されていないのではないですか?それどころか、山の緒の時のように、貴方は井吹が負傷したことも、御自分一人で抱え込もうとされている。俺にはそう思えます。……俺は貴方にそんなことをして頂きたくはないんです」
「山崎…」
 思わず小さく名を呼ぶと、奴は一瞬思案するように、ついと視線を横へ逸らす。
 そして……。
「……副長、俺は貴方に、俺のことを御自身の手足のように考えて頂きたいと思っています」
「手足だと?」
「はい」
 鸚鵡返しに問い返せば、細い顎が縦に揺れる。
「手足は勿論、頭がなければ動きません。しかしそれは、頭が思い描いたものを実行し、現に変えるものでもあります。二つはどちらも、単独では事を為せない。双方揃っていなければ、人は何も出来ないのです」
「……」
「だから俺は、貴方にとっての手足でありたい。副長と同じものを目指し、その命を実行し、分かち難いものとして、貴方が抱える罪悪や重責をともに背負っていけたらと、俺はそう思っています」
「山崎……」
「っ……、申し訳ありません。己の分も弁えない失礼な考えであることは、無論承知の上なのですが……」
 俺の声を、困惑と非難の意味に捉えたんだろう。
 名を呼ぶと、山崎は少し慌てた様子でそう付け加える。
 俺はそんな奴の横顔を、暫しの間ただじっと見つめていた。
 ……。
 ……確かに、驚かされたってのは間違いねえ。
 こいつがこんなことを言い出すなんざ、俺は今まで夢にも思っちゃいなかったんだ。
 が……。
 今の俺の胸の中に、山崎に対する怒りなんざ、勿論在りはしなかった。
(参るよな。こんな簡単に、見透かされちまうなんてよ……)
 むしろ内心そう呟けば、また自嘲に似た感情に心が小さく波を打つ。
 そうだ。
 俺が動揺しちまったのは、むしろこいつの指摘が酷く適確だったからだ。
 そうして俺は、思い至る。
 友人として、井吹を死なせたくねえって気持ちも確かにあっただろうが、山崎が今まで頑なに俺の元に姿を見せなかったのは、危険な奴の容態を気に病む俺を見たくなかったからじゃねえのか。
 自分の失敗で、俺が苦しむ姿を見るのが、忍びなかったからじゃねえのか。
 そいつはつまり……この俺が、山崎の為に井吹に生きていて欲しいと願ったように、こいつもまた、逆のことを考えていたんじゃねえのか、と。
(……)
 確証なんざ、ありゃしねえ。
 しかし俺と山崎が互いに同じようなことを思ってたって考えは、俺の中で、既に確信に近かった。
 そうだ……ようやくはっきり理解出来た。
 多分こいつは、俺のことを尊敬や信愛とは違うかたちで想っている。それは多分、俺がこいつに抱いているのと同じ種類の感情だ。
(山崎……)
 しかし、役目や立場を誰よりも重んじようとするこの馬鹿は、絶対に自分からそれを口にしようとはしねえだろう。
 だから俺は、口の端を持ち上げながら、小さく左右に首を振った。
「いや、ありがとよ。お前の思い、嬉しく思うぜ」
「副長……」
「だがな、どうしてお前は、そこまで思ってくれるんだ?」
「は…?」
「確かに俺は、お前のことを武士として扱うと言った。そのことを、お前が恩義に感じているのはよく知っている。だが、てめえが誰かの手足になるなんてこと、そんな生半可な気持ちじゃ言えねえだろう?特にお前は、元々頭が固い奴だからな。相当の覚悟がなけりゃ、冗談でそんな言葉を絶対口には出来ねえ筈だ。ならどうして、お前はそこまでしてくれる?」
 そう、こいつ自身に言う気がねえなら、言わせるまでだ。
 俺は菫の目を見据え、さらにそんな問いを重ねる。
「それは……どうしても、言わなければいけませんか?」
 と、山崎は俺の追及に、露骨に困惑の色を滲ませた。
(やっぱりな。思った通りの反応だ)
 戸惑いがちなその瞳に、俺はまた少し口の端を持ち上げる。
「教えてくれよ。仮に本当にこれからお前を手足のように扱うんなら、俺はお前に命や時間や志、そういったもんを全て賭けて貰うことになる。そこまでのことをさせる以上、俺はお前の胸ん中にあるものを、ちゃんとわかっておきてえんだよ」
「……」
 山崎は、俺の言葉にすぐに答えようとはしなかった。
 自分の斜め前にある畳の縁を見つめたまま、奴は暫し、深く深く思案する。
 が……。
 武士を志す男は、やはり上役である俺の言葉に応えるべきだと判じたらしい。
 やがて奴は、静かに俺を見据えると、一つ小さく顎を引いた。
「わかりました。それではお話いたします。ただし、それこそ己の分も弁えない部下の馬鹿げた戯言です。御不快に思われたなら、どうかすぐに忘れてください」
「ああ、いいだろう」
 俺はそんな奴に向かい、端的な答えを口にする。
 刹那。
 頷いた俺の視線と奴のそれが、また正面からぶつかった。
「……」
 真っ直ぐに、俺を映す釣り上がり気味の紫の瞳。
 一度腹を括っちまえば、そこにもう迷いは微塵も在りはしねえ。
「副長……。俺は貴方をお慕いしています。それは、仲間や上役として敬愛しているという以上に、懸想としている、という意味です。土方さん、俺は貴方を愛しています」
 そして何処までも真面目な男は、静かでもはっきりと、俺に自身の心の中を打ち明けた。
 その一言は、俺の心に打ち寄せる漣のように広がっていく。
(……ようやく言いやがったな)
 と、直後。内心そう呟いて、俺は口角を持ち上げた。
 俺は、緊張にやや強張った奴の顔を見つめながら、一つ小さく目配せする。
「馬鹿野郎」
「っ!」
「……んな大事なこと、忘れる訳がねえだろうが。俺がようやく聞けたお前の想いを、忘れるような薄情な奴だと思ってんのか?」
 そして俺は、目を細めながら、山崎にそう答えた。
「副長……」
 俺はそれ以上、核心に触れるようなことは何も言わなかった。
 だが、察しのいい山崎は、今のたった一言だけで、俺の言わんとすることを、どうやら理解したらしい。
 瞬間、奴は鋭く息を飲み込むと、ゆっくり俺に歩み寄る。
「……」
「……」
 間近から見詰め合っても、俺達の間に言葉はない。
 いや、そんなもんは、きっともう要らねえだろう。
 直後、おずおずと俺より小さな掌が、左の肩に乗せられる。
 行灯の淡い光の中、自分を映す菫の瞳が、またぐっと近くなる。
(山崎……)
 俺は、互いの吐息が混じり合うのを感じた瞬間、目を閉じておずおずと触れて来る奴の唇を受け止めた。




<後書き>
崎土4話の後編をお届けします。黎明録パートの終わりは、ついにと言うか、急展開と言いますが、2人の想いが重なるまでの物語になりました。山崎の告白には、彼のあまりに有名過ぎるあのセリフを使わせて頂きました。だってね、思いませんか?組織の立場から見れば、頭と手足は「使う者」と「使われる者」ですが、それって違う意味に取れば二人は一心同体、ですよね?こんな熱烈な告白はないと思うんですよ。お叱りは甘んじて受けますが、この言葉が二月が崎土を書こうとした一つのきっかけでもあります。さて、次回以降は中盤突入、薄桜鬼本編の物語に入ります。まだまだ先は長いですが、気が向いた時にでも、読みに来て頂けたら嬉しいです。


posted by 二月 at 12:19 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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