2011年04月28日

「浚風 (さらいのかぜ)」 山崎×土方

山崎×土方連作第6弾です。
薄桜鬼本編序章〜1章、千鶴ちゃんが屯所へ来た日の裏側の話です。
今後は、主に土方ルート寄りに展開していきますが、現状では共通部分のネタバレを含みます。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。










 隊服姿の男達が、3人の浪士ども向き合っている。
 俺と総司、斎藤は、連中の様子をすぐ後方から固唾を飲んで見守った。
「……」
 夜の闇に、白銀の刃がぎらりと光る。
 一歩出れば、互いの間合いに入る距離で奴らは睨み合っている。
 事態は一触即発だ。
 と、先に動いたのは、浪士連中の方だった。
 悪名高い新選組に見咎められ、半ば自棄になったのか。
 男達は一斉に隊服姿の相手に向かって斬り掛かる。
 が、悲しいかな、奴らはあまりに実力がなさ過ぎた。
 斬り込んだ刀を難無くかわされ、逆に体勢を崩した男の一人が左の肩を斬りつけられる。
 夜の闇の中でもわかる鮮やかな赤が、俺達の視界に舞い散った。
 刹那。
 不意に空気が不穏な色を湛え始める。
――……っ!――
「ヒィ、ヒヒヒ…、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ………」
 狂ったような笑い声が、暗い路地に響き渡る。
「駄目か……」
 目の前で起こっちまったその事態に、低く呟く。
 そこから後は、もうあっという間の出来事だった。
 白く変わった髪を振り乱しながら、正気を無くした羅刹どもは、一斉に目の前の獲物に襲い掛かる。
 辛うじて理性を保った状態でも、既に勝負は見えていたんだ。
 奴らが血に狂っちまった今、生身の人間の男どもに為す術なんて、ありはしなかった。
「ぐあああああぁぁぁぁーーーー!!!」
 すぐに断末魔の声を上げ、連中は皆、暗い路地に倒れ伏す。
 が、それでも羅刹どもは止まらない。
 既に物言わぬ血肉と化した目の前の相手を、連中はさらに嬉々として斬り刻んで行く。
「ッ!」
 ……何度見ても胸糞悪いったらありゃしねえ。
 地獄絵図ってのは、きっとこういうもんを言うんだろう。
 その結果を見届けて、俺は苦々しさに思わず小さく舌打ちした。
「ちっ!【失敗】だな。斎藤、総司!」
「御意」
「はいはい」
 余計な言葉は必要なかった。
 俺の呼び掛けに、傍にいた二人は直ちに地を蹴り、動き出す。
 が、瞬間。
 道の奥から、不意に何かがぶつかるような派手な音が鳴り響いた。
(何!?)
 反射的に、俺は真っ暗な路地の奥へと目を凝らす。
 ……まったく、間が悪いったらありゃしねえ。
 見れば、年端もいかねえガキが一人、その場にへたり込んでいやがった。
 鳶色の瞳を見張り、ぱくぱくと何度も口を動かしながら、奴はただ呆然と目の前の事態を凝視している。
「……っ!」
 獰猛な羅刹達の目に気圧され、身体がすくんじまってるんだろう。
 あれじゃ、逃げろと言ったところで無理そうだ。
(くそっ……!)
 俺は、苦虫を噛み潰しながら、飛び出して行った二人の方を一瞥する。
 だが、あいつらにやはり心配は杞憂だった。
 二人は既に羅刹達の元に到達し、血に餓えた化け物どもと戦いを始めている。
(なら、俺は……)
 そこで俺は、立ち上がり、走り出した。
 斬り合いの横を通り抜け、へたり込んで総司達を見つめる小柄な奴の目の前へ。
 そうしている間にも、総司と斎藤は次々に羅刹達の息の根を止めていく。
 そして直後、斬り合いは終わった。
「あいつらがこの子を斬るまで待ってれば、僕らの手間が省けたんじゃない」
 刀を納めた総司の皮肉な声がする。
「それは俺達が決めることではない」
 冷静な斎藤の言葉がそれに答える。
(ったく、好き勝手を言いやがって……)
 俺はそんな奴らに胸の内で悪態をつきながら、抜いた刀を座り込んだ奴の喉元に突きつけた。
「……っ!」
 恐怖と驚きに声も出ねえらしい。
 鳶色の瞳いっぱいに俺の姿を映したまま、奴はただ呆けたようにそこに座り込んでいた。
 一応、逃げるなと釘は刺したが、それがなくとも恐らくこいつが逃走を企てることはなかっただろう。
 否、余程の馬鹿じゃなかったら、小娘が大の男数人相手に逃げ応せるなんざ、考える筈はねえんだ。
 そう……最初は元服前の小僧かと思ったが、今ならわかる。
 こいつは女……似合わねえ男装をした小娘だ。
「……」
 驚きと恐怖を湛えた瞳は、嫌になる程、真正直に……無防備に、俺をじっと見返して来る。
(ったく、やりづらいったらねえぜ……)
 俺は剣を突きつけながら、胸の内でそんな奴に苦虫を噛み潰した。
 ……。
 もしこいつが、男だったら。
 目撃した凄惨な現場に取り乱し、半狂乱で逃げ出していたのなら。
 それなら俺は、迷うことなく、こいつを斬っていただろう。
 だが、生憎現実はこのざまだ。
 俺は目の前で無様に座り込んだ相手を斬りもせず、そうかと言って見逃す理由も見つけられずに、内心途方に暮れている。
「……」
 よく見りゃ、娘は明らかに旅装束を身につけている。
 ひょっとして、今日に来てから日も浅く、俺達新選組のことも、名前程度にしか知っちゃいねえのかもしれない。
 そう考えりゃ、尚更迷いは後から後から脳裏にちらつき、何をしたって離れやしねえ。
 だから……。
 俺は数瞬の思案の後、ただ静かに自分の刀を鞘に収めた。
「いいんですか?この人を生かしておいても、僕らの邪魔になるだけだと思いますけど?」
「殺しゃいいってもんじゃねえだろ」
 そうして俺は、不満げな総司に対しても、井吹の時と同じように、そんな言葉を口にする。
 ……そうだ。
 こいつが何を何処まで見ちまったのか、処分を決するのは、それからだって遅くはねえ。
 そう結論付け、俺は二人に目の前の娘を連れて屯所に戻れと指示を出した。
 無論、それが問題を先送りにしただけだってのはわかっちゃいたが、少なくとも、問答無用で今斬り捨てるよりははるかにマシだ。
「して、ここの処分は如何様に?」
 と、斎藤がそんな俺にさらに問いを投げかける。
「隊服だけ脱がしとけ。後は山崎が何とかしてくれる」
 俺はそんな奴に向かい、端的にそんな答えを口にした。
 そして直後。
 俺は視線をさっきまで自分がいた細い路地の向こうへ移す。
「………」
 そこには、闇に紛れるようにして、一人佇む忍装束の男がいた。
 目が合うと、奴はこっちを見据えながら、一つ小さく顎を引く。
「……行くぞ」
 俺はそいつを見届けてから、踵を返し、先に立って屯所へ向かって歩き始めた。
「逃げようなどとは考えぬことだ。先程副長も口にされたが、我々は刃向かえば、あんたを斬ることに躊躇はしない」
 無感情な斎藤の声が耳に届く。
 立ち上がらせた娘を連れて奴が俺の後に続き、しんがりを総司が務めるつもりらしい。
 そんな後方を一瞥すると、俺は少し自身の歩調を速くした。
 ふと、角を折れる手前のところで、男達の亡骸を振り返る。
 暗闇に目を凝らせば、黒い装束に身を包んだ小柄な男は、もう既に連中の前に立っていた。

 一刻後。
 屯所に戻った俺達は、各々の部屋に戻っていた。
 あの娘は、今夜のところは縄で縛り、空き部屋に放り込んである。
 既に自分の置かれた立場を諦めていやがるのか。
 この屯所の中へ入る時も、腕に縄を掛けられた時も、あいつは抵抗も自分はこれからどうなるのかと問うこともしなかった。
 きっと根が真正直で素直な奴なんだろう……。
 相手に逃亡や反抗の意志がねえ以上、真夜中にわざわざ結論を急ぐ必要はねえ。
 奴の処遇については、今寝てる連中も交えて、明朝改めて話し合えばいいだろう。
 そう互いの意見が一致すると、俺達はそのまま一時散会した。
 一人自室に戻った俺は、隊服だけを脱ぎ捨てると、床に入ることもなく、僅かに開けた戸の隙間から、頭上で光る白い月を眺めていた。
 別に、特別急ぎの仕事がある訳じゃねえ。
 まして、斬り合いや遺体を見て今更眠れなくなる程女々しくもねえ。
 それでも俺は、手持無沙汰を百も承知で、ただそこに佇んでいた。
 もう間もなく戻る筈の、あの男を待つために。
 ……。
 どれだけの時が流れただろう。
 足音を忍ばせて、待ち人は不意に姿を現す。
「副長……?」
 俺の姿を確かめると、奴は僅かに吊り上がり気味の目を見張り、足早にこっちへやって来た。
 そうして刹那。
 顔を覆う布が外され、白い頬と意志の強そうな口許が月の下に晒される。
「よお、戻ったか」
 俺はそんな奴を見遣り、おもむろに口角を持ち上げた。
 が、山崎は、そんな俺に嫌に複雑そうな顔をする。
「っ……!こんな場所で何をされているのですか?長時間冬の夜風に当たっては、お体に障ります」
 そして次に飛んで来たのは、そんな馬鹿真面目な苦言だ。
 そいつを聞いて、俺は思わず低く喉を震わせた。
「おいおい、俺は病人か?んなに心配するんじゃねえよ。体力のねえがきや年寄りとは違うんだ。こんなことで、風邪なんか引く訳ねえだろ」
「副長、しかし……」
 俺を案じる山崎は、なおも食い下がろうとする。
 だが俺は、奴を押し止めるように、小さく左右に首を振った。
「いいんだよ。そんなに長時間じゃなかったしな。それに……お前が帰って来たんだから、これ以上ここに長居する理由もねえからよ」
「っ……貴方は!」
 言葉と同時に一つ小さく目配せをすりゃ、菫の瞳がまた揺れる。
 俺はそんな奴に向かい、おどけたように右の眉を持ち上げた。
「そういう訳だ。それじゃとっとと中に入って報告を聞かせて貰うとするか」
 そう言って、奴の返事も待たずに踵を返す。
 しかし直後……。
「いえ副長、手短で済みますので、わざわざ場所を変える必要はないでしょう。報告なら、ここで」
 後ろから、慌てたように俺を制する声がした。
「そうか?」
 振り向き確かめるように問い返すと、細い顎がはっきり一つ縦に振れる。
(山崎……!)
「……わかった。なら聞かせてくれ」
 俺は湧き上がる苦々しい感情を喉の奥に飲み込みながら、そう奴を促した。
 と、山崎の白い頬に安堵に近い色が浮かぶ。
 そうして奴は、真っ直ぐに俺を見据え、静かに唇を解いた。
「彼等の【始末】は滞りなく完了しました。幸い、上方の生まれの者もおりませんし、隊外に特に知己の者がいる様子もありません。万が一にも、あの者達が新選組に属していたと、知れることはないでしょう」
 その報告に、俺は一つ顎を引く。
「……そうか。手間掛けさせたな」
「いえ、これは俺の役目ですから」
 あくまでも冷静に、淡々と続く山崎の声。
「ありがとよ」
 感情を押し隠した監察方としての言葉に、俺はただ静かに感謝の意を告げた。
 ……。
 山崎が言った【始末】って言葉の中身を俺は知らない。
 敢えて俺は、それをこいつに尋ねようとは思わなかった。
 だが……聞かなくたって、容易に想像はついちまう。
 いつ誰に新選組の隊士としての姿を見られたかも知れねえ奴らの身元を隠す為には、一体何が必要か。
 明らかに人とは違う白い髪と赤い瞳を人目に触れさせねえ為には、何をしなきゃいけねえか。
 そいつをちょっと考えりゃ、それは自ずと理解出来る。
 そして……。
 島田が幕命のことを知らず、井吹が組織を去った今、羅刹に関わる事件の【始末】を担える奴は、こいつをおいて他にいねえのもまた現実だ。
(山崎……)
 もう一度、胸の内で目の前の男に呼び掛ける。
 途端、てめえの中にまた苦いもんが込み上げて、俺は堪らずきつく奥歯を噛み締めた。
『副長、申し訳…、ありません……』
 ……。
 初めて死体の始末をした夜、今にも倒れそうだったこいつの顔を改めて思い出す。
 あれからまだ半年と経っちゃいねえんだ。
 こうして今は冷静に振る舞っちゃいるが、だからと言って、山崎がまったく平気な訳はねえだろう。
 事実、こんな事件が起こった日、山崎は決して俺に触れようとはしない。
 それどころか、この馬鹿はこうして俺の部屋に入ることさえも拒絶する。
 まるで、斬った相手の血で手を汚した俺達よりも、自分の手が汚らわしいと言いたげに。
 いや……、多分こいつは、心の何処かでそんなことを実際考えているんだろう。
 にも関わらず、この馬鹿は、不平不満一つ言わずに、自分の仕事を淡々とこなしていく。
 あの日俺に誓ったように。
 時に自身の思考や感情を凍てつかせてまで、山崎は本当に俺の手足であろうとする。
 そんな奴の姿勢や想いが、俺には歯痒く、そして同時に腹立たしかった。
 ……そうだ。
 だから俺は今夜、一人こんな場所にいたんだ。
 誰もが嫌がる役目を終えて、報告に来るだろうこの馬鹿を出迎えてやる為に。
(せめてもう少し、こいつの負担を減らしてやれりゃいいんだがな)
 山崎は、俺がかつてそうだったように、武士になりたがっていた。
 断じてこいつは、こんな仕事がやりたくて、新選組に来た訳じゃねえだろう。
 なのに夜の闇に紛れ、汚れ仕事ばかりをやらせちまうこの状況を何とかしてやりたいとは思う。
 例えこいつが山崎自身が望むことであっても、だ。
 だが、そいつは生憎今すぐどうこう出来るもんでもねえ。
「いや、本当にお前がいてくれて助かったぜ」
 だから俺は、口許に笑みを湛えながら、奴への労いを口にした。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、俺も嬉しいです」
 山崎は、俺の言葉に、ふっと菫色の目を細くする。
 と、直後。
「……」
 不意に何かを思い出したとでも言うように、奴はそこで口を噤ぎ、少し表情を引き締めた。
「時に副長」
「ん?」
「先程連行した者は、まだ屯所に留め置かれているのですか?」
 そうして奴は、端的にそんな問いを口にする。
(まあ、そりゃ気にもなるよな)
 そいつを聞いて、俺は内心そう呟いて苦笑した。
 そして、改めて部下の顔を見返しながら、はっきりと顎を引く。
「ああ。何せこんな真夜中だからな。とりあえず、夜明けを待って、奴の身元やあの場で何を見ちまったのか。詳しいことを確かめることになってるよ。処分についてはその後だ」
「……そうですか」
 俺の答えに、山崎は答えて一つ頷く。
 その声に、安堵が混じっているような気がしたのは、果たして俺の気のせいか?
 ……。
 刹那、胸の奥で、ある衝動が頭を擡げる。
「……なあ、山崎」
「はい?」
「甘いと思うか?絶対世間に知られる訳にはいかねえ組織の機密を目撃したあいつを、すぐに殺しもしねえ俺のやり方は」
 そうして俺は、思いつくまま、そんな問いを口にする。
「っ……!」
 俺の問い掛けに、奴はすぐには答えなかった。
 山崎は複雑そうな顔をしたまま、暫しそのまま押し黙る。
 が、やがて。
 奴は、また真っ直ぐに俺を見詰めると、少しだけ口角を持ち上げた。
 直後、白く細い顎の先が左右に揺れる。
「いえ、そんなことはありません。我々は大義の為に戦っているのです。それは決して、無関係な者の命を徒に奪うことではないと俺は思います。副長のご判断は適切です」
「そうか……」
 その答えに、俺は微笑み、小さく一つ頷いた。
『鬼になる』
 芹沢さんにそう言いながら、未だにこんな体たらくを続ける自分自身。
 そんなてめえを完全に許し、受け入れることは、きっと俺には出来ねえだろう。
 だが……、それでも山崎にこう言って貰えば、少しだけ気が楽になる。
 こいつは俺の命令には忠実だが、その分嘘をつくこともねえからだ。
 実際、この頑固者は直属の上役の俺に対しても、耳の痛えことだって敢えて言うし、意見を求めりゃ、こんなふうに思案した後、ちゃんと自分の思うところを口にする。
 そして、その判断や見解は、いつだって公平で的確だ。
 だから俺は、特別な関係だってことを度外視しても、こいつの言葉につい耳を傾けちまうんだろう。
(俺は多分、お前が考えてる以上に、お前を頼りにしてんだぜ。だから……お前は自分を誇りに思っていい。俺の傍で毅然としてろよ)
 直接は言いづらいそんな言葉を告げる代わりに、俺はまた少し目を細くする。
「まあ、とにかく夜が明けてからだな」
「はい。俺は、朝になり次第、町の様子を探って来ます。浪人同士の人傷沙汰…ということ以外に何か噂が立つことがあれば、早急に手を打たなければなりませんので」
 山崎の進言に、俺は一つ顎を引く。
「ああ、そっちは頼んだぜ。こっちはこっちで面倒を片付けなきゃいけねえからよ」
 そこまで言うと、俺は小さく肩を竦めた。
「たく、頭が痛いぜ。血に狂った羅刹どもの隊服姿を見ちまってるから、そう簡単に放免にはしてやれねえし。かと言って、さっきお前が言ったみてえに殺しゃいいってもんでもねえしな」
 そうして俺は、苦笑混じりにそんな愚痴を付け加える。
 と、山崎はそんな俺に薄く笑って頷いた。
「はい。……おまけに相手は女性、ですからね」
「……っ!」
 刹那。
 少し悪戯めいた口調で、山崎がそんな答えを口にする。
 何処か楽しげなその様子に、俺は堪らず口許の笑みを深くした。
「やっぱり、お前も気付いてやがったか」
 確かめるようにそう問うと、細い顎がまた一つ縦に振れる。
「ええ。俺は人を探ることを生業とする監察方です。あのくらいの変装を見破れなくては、話になりませんから」
 淡々と答えるその言葉に、俺は安堵を感心を込めて、深々と息を吐き出した。
「まったく、頼もしい奴だよ、お前は。あのくらいって言ったって、屯所で出迎えた近藤さんや源さんは、まるで気付いてなかったぜ。勘の鋭い総司はともかく、斎藤もどうだかわからんしな」
「それは……人には向き不向きがある、ということでしょう。自分には近藤局長や井上組長、斎藤組長の真似は出来ません」
 と、冗談めかした俺の言葉に、山崎は馬鹿真面目にそう答える。
 それを見て、俺は思わず低く喉を震わせた。
「ま、確かにな」
「はい」
 そんな言葉を交わし合い、俺達は同時に小さく口許をほころばせる。
(山崎よ……。才覚じゃなく、こと人柄について言や、俺はお前だって、他人を疑い日蔭ばかりを歩く監察方が似合いだとは思わねえんだがな)
 そう思えば、また少し胸に苦いもんも過ぎったが……。
 俺は敢えてそいつを言葉にしようとは思わなかった。

 翌朝。
 朝飯を終えると、俺達は当初の予定通り、屯所に今も留め置かれている部外者の処遇について話し合った。
 あの暗がりの中、あいつが何時から何を何処まで見ていたのか(確認してみりゃ、案の定全てを目撃していた訳だが)、そいつを確かめてから、改めて今後のことを協議する。
 だが、逃走を図ろうとしたそいつの口から、京へ来た事情を聞くなかで、事態は俺達が思ってもみねえ方向へと転がった。
 そう。
 そいつの名は雪村千鶴。
 新見さんと、変若水の研究をしていた、あの蘭方医の身内だという。
『なん、だって……?』
 これには、その場にいた誰もが、驚きを隠せなかった。
 当然のことだろう。
 今もまだ、山崎や幹部連中は、血眼になって雪村綱道の捜索を継続中だ。
 俺達が奴について知ることと言や、幕府からの命を受け、変若水の研究を続けていたっていうことと、元は江戸の蘭方医だったっていう話くらいだ。
 つまり、情報不足の俺達に、この駒を使わねえ手はねえ訳だ。
 これで娘の処遇は決定した。
 雪村千鶴は、父親探しに協力するという条件つきで、これ以降もこの屯所に滞在する。
 その決定に、異論を挟む奴は勿論いなかった。
 まあ、成り行きから表向きあいつを小姓にしなきゃならねえことについては、俺自身、文句の一つも言いたくなったが。
 だが、そんなのは後でいいだろう。
 話し合いの結論が出ると、俺は一人部屋へ戻り、市中の偵察から戻ったばかりの山崎を呼び寄せた。
「彼女が、雪村綱道氏の娘……?」
 さすがに判断力と洞察力に長けた男も、これにはかなり驚いたらしい。
 山崎は俺の話に露骨に菫の目を見張って、絶句した。
 まあ、そいつも尤もな反応だろう。
「ああ、そうだ。……ったく、妙な偶然もあるもんだよな。こうなりゃ、ここに置いとくしかねえよ」
 俺は奴にそう答えて苦笑する。
 が、そこで一つ嘆息すると、俺はほんの少しだけ表情を引き締めた。
「いいか、山崎」
「はい」
「これから俺達は、ますます本腰を入れて、雪村綱道の行方を探さなきゃならなくなる。お偉方は、一刻も早く例の薬の成果を出せと責っ付いてきやがるしな。……そこで、だ。俺としちゃ、そろそろ島田にもこの件を話そうかと考えているんだが」
「島田君に……?」
 刹那、俺の言葉に菫の瞳が微かに揺れる。
 鸚鵡返しに問う声に、俺は改めて一つはっきり顎を引いた。
 そうしてそのまま、俺は山崎を見据えながら、少し口角を持ち上げる。
「勘違いするんじゃねえぞ。別にお前が役者不足な訳じゃねえ。あの男を見つけられねえのは、他の幹部連中も同じなんだからな」
「……」
「ただ、事は一刻を争う上に、今はとにかく人手が欲しい。まあつまり、そういうことだ」
「……副長」
 と、山崎はぼそりと俺の名前を呼ぶ。
 俺はそんな釣り上がり気味の瞳を見遣り、一つ小さく肩を竦めた。
「それに、お前もそろそろ、やりづらいだろう?監察方の中心を担うお前らの間で隠し事があるのは、俺だって面倒臭えよ。だからそろそろ頃合いだ」
「……」
 俺の言葉に、山崎はほんの一瞬視線を逸らし、何やら思案顔をする。
 だがやがて……奴はまた真っ直ぐに俺を見上げると、はっきり一つ頷いた。
「わかりました。副長がそう判断されたのであれば、俺に異存はありません」
 そうして生真面目な男は、俺に了承の意を伝える。
 だが……。
「ただ…」
「ん?」
「いえ、ただ捜索の長期化次第では、彼女は新選組に長く留まることになりますね。部外者の彼女が、余計なことに首を突っ込むことがなければいいのですが」
 直後、複雑そうな顔をして、山崎はそんな言葉を付け加えた。
「山崎……」
 その言葉に、俺はただ奴の名を呼び返すしか出来なかった。
 生真面目な半面、意外と情に熱いこの馬鹿が何を考えてたのか、それ聞くまでもなかったから、だ。
 そう……成り行きや偶然から新選組と関わりを持ち、その挙げ句に声を無くし、今もまだ静養中の友人のことを、こいつは思い出していたんだろう。
(山崎……)
 見ず知らずの他人のことを真摯に案じるその姿に、俺は思わず苦笑する。
「心配すんなよ。相手はあんな小娘だぜ。間違っても、井吹みてえに隊務に首を突っ込むことなんかねえだろうさ」
 そうして俺は、奴の懸念が取るに足らねえ杞憂だと、故意に笑い飛ばして見せた。
「そう、ですね……」
 と、直後。山崎は答えて、ぎこちなく口角を持ち上げる。
「すみません、余計なことを口にしました」
「何、構わねえよ。お前の指摘は尤もだからな」
 律儀な口調で言われた詫びにそう答えれば、釣り上がり気味の瞳がふっと緩やかな孤を描く。
 白い顔に浮かんだ淡い微笑みが、俺には何だかやけに眩しいものに思えた。




<後書き>
崎土連作第6話をお届けします。今回でようやく、この連作も薄桜鬼本編のパートに入りました。これを書くにあたり序章をやり直したら、「後は山崎君が何とかしてくれる」って副長のセリフにめちゃめちゃ萌えたのは本当です。ちなみにタイトルの「浚風」は「降り積もった雪などを吹き払う風」という意味で、不意にやって来て周囲の様子を一変させるもの=千鶴ちゃんの到来、をイメージしてつけました。まだまだ先は長いですが、これからもがんばりますので、お付き合い頂ければ嬉しいです。


posted by 二月 at 11:22 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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