2011年07月31日

「叛いた理由」 山崎×土方

山崎×土方連作第9弾です。
薄桜鬼本編2章、二条城警護と鬼の襲撃についての話です。
ゲームの流れを元にしていますが、後半の展開は結構好き勝手な捏造です。




ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。












 城の周辺の確認を終えると、俺は単身、二条城へと戻って来た。
「……」
 辺りを見回せば、至るところで浅葱色の羽織りを纏った隊士達の姿が目につく。
 彼等は、皆必要以上に表情を強張らせ、周囲に目を光らせていた。
 ……。
 今、城内には、上洛されたばかりの将軍・徳川家茂公が滞在されている。
 例え外の警護の任であろうとも、隊士達の身が引き締まるのも当然というものだろう。
 普段は、隊務に不満や愚痴を漏らしがちな者達でさえ、今は固い面持ちで、黙々と自らの役目をこなしている。
 まあ……かく言う俺も、やはり今日は、常とは違う緊迫感や遣り甲斐を感じて、任務に臨んでいるのだが。
(まったく……上役から与えられた任務は、常に己の最善を尽くすべきものだと言うのに。こんなことを考えるとは、俺もまだまだ甘いのか)
 そんな事を考えて、俺は内心苦笑する。
 そうだ。
 本来、どんな事であろうとも、果たすべき役目であるのに変わりなどない。
 自らに与えられた大事な任務を事の大小で計るなど、そもそも間違っているのだろう。
 そう思えば、俺はまた、今の状況に容易に心を乱される自分自身に舌打ちしたい気持ちになる。
 だが……それでも今まで我々が、どれだけ周囲に軽んじられて来たかを思えば、俺はやはり、感慨に心を震わせずにはいられなかった。
 ……そう。
 池田屋の件や禁門の変での功績が認められ、新選組はようやく将軍上洛の警護を担うまでの組織になった。
 今までの長く険しい道のりを思えば、喜びを覚えない訳がないだろう。
 無論、今の組織が順風満帆と言えるものでもないのだが……。
 いや、だからこそ、こうした目に見えるかたちの成果が大切なのだと俺は思う。
 幕府からの信頼と重用は、我々の進む道が間違いではないことを、はっきりと教えてくれる。
 それに何より、普段は頑ななまでに「鬼」を演じるあの方の誇らしげな表情が、俺には堪らなく嬉しかった。
『まあ、まだまだこんなとこで、満足しちゃいられねえがな』
(副長……)
 今回の警護の話が舞い込んだ時、俺に向かい、そう言われていたあの方の微笑を改めて思い出す。
 尊王思想の伊東派の加入。
 山南総長の羅刹化と表舞台からの離脱。
 そして、屯所移転を余儀なくされた、あの化け物達の存在。
 どれ程あの方が身を粉にして働こうとも、新選組の目の前には、常に新たな問題が立ち塞がって来る。
 そんな状況のなか、副長は近藤局長を押し上げたい一心で、先陣に立ち、皆を率いて戦っておられるのだ。
 到底、新たに加わった伊東参謀に、山南さんの代わりなどは務まらない。
 ともに局長を支える総長無き後、組織の実務に掛かる副長の負担は、相当なものだろう。
 だが、あの方は何食わぬ顔をして数多くの仕事をこなし、目的に向かい、己を律して進んで行かれる。
 そんな副長のお姿が、俺には眩しくも、時折歯痒くて仕方がなかった。
『そういう問題じゃねえんだよ!!』
 ……。
 あの方は、元々非常に情の深い方だ。
 本当の副長は、平隊士達に畏怖の念を抱かれるような、冷徹な鬼でも非情な人間でもないのだ。
 ただ、あの方は目的の為、組織の為に、敢えて自ら望んで「鬼」を演じておられるだけ。
 その事実に、俺は時折、どうしようもない苛立ちと遣り切れなさを覚えてしまう。
 そう。
 俺は幸運にも、副長の真の心を知っている。
 だから俺は思うんだ。
 あの方の望みを叶えたい。
 立ち塞がる困難から、あの方を守ることが出来たら、と。
 無論、剣術にも知略にも長けた副長に、俺ごときがして差し上げられることなど極僅かだ。
 が、少なくとも、あの方は監察方としての自分を信じ、重用して下さっている。
 それどこか、副長は分不相応な望みを抱いた俺を受け入れ、こうして傍に置いてくださった。
 なら俺は、その想いに、全力でお応えしていくまでだ。
「っ……!」
 そんな決意を新たにしつつ、俺は先の角を折れる。
 城の正面から、外堀に沿って回り込むと、幾つもの篝火がぼうっと夜闇を照らしているのが目に映る。
 そうして一番奥の火の傍に、俺は求める方の姿を発見した。
「副長」
 距離を詰めて呼び掛けると、ほぼ同時に、副長は俺の方を振り返る。
 正面から互いの視線が交われば、涼やかな紫色の双眸が、ふっと柔らかな弧を描いた。
「よお山崎、戻ったか」
 掛けられた短い言葉に、俺は応えて一礼する。
「はい、二条城周辺の確認が完了致しましたので、ご報告に伺いました。監察方で隈なく調査しましたが、周囲にも城内にも、特に不審な点は見られません」
 俺の言葉に、細く白い顎の先が縦に揺れる。
「そうか。なら、一先ずはこれで大丈夫だな」
 確かめるようなその呟きに、今度は俺がはっきりと頷いた。
「はい。城の内外ともに、警護体制は万全です。これだけの人の目を掻い潜り、敷地内に侵入することは、まず不可能と言えるでしょう」
「そうだな」
 俺の答えに、副長は満足そうに目を細くする。
 と、刹那。
 周囲に他に人気がないのを確かめた後、篝火に照らされた深い紫色の瞳は、不意に少し輝きを和らげた。
「ご苦労だったな、山崎。今日は伝令だの確認だので、散々走り回らせちまったが。お前は本当によくやってくれた。ありがとよ」
 そうして副長は、淡い笑みを湛えながら、そんな労いの言葉をくれる。
(ッ……土方さん!)
 想う相手から、こんなふうに言われてしまえば、ごく自然に胸の鼓動は跳ね上がる。
「いえ……これは俺の役目ですから」
 自分を映す柔らかな深紫の輝きが何だかやけに面映ゆくて、俺はつい、早口でそんな言葉を口にした。
 が、どうやら聡明なこの想い人は、俺の心の内側など、とっくに見通されているらしい。
 直後、こちらを見たまま副長は、小さく喉を震わせる。
 ――……っ!――
(この方は……どうしてこんなに綺麗な笑顔をされるのだろうか)
 大事な任務の最中にも関わらず、そんな疑問さえ頭を擡げて来てしまう。
「と、ともかく、折を見て外部の偵察に当たっている島田君とは、連絡を取り合うつもりです。何かあれば、直ちにご報告しますので、副長は城内のことを第一にお考えください」
 無言でいれば、尚更気恥ずかしさが募るばかりでどうしようもなく、俺は半ば一方的に、伝えるべき言葉の先を口にした。
 副長は、そんな俺を見つめながら、はっきりと一つまた頷く。
「ああ、そうだな。じゃ、そっちは頼むぜ」
 そうして付け加えられたのは、確かな信頼が込もった一言。
「はい!」
 その声に、己の心が滑稽な程震えるのを自覚しながら、俺は応えて深々と頭を下げた。
 と、その時だ。
 乾いた土を踏み締めながら、こちらに近付く足音が、俺の鼓膜を震わせる。
「ん?」
「……?」
 どうやら副長も、その気配に気付いたらしい。
 俺達はほぼ同時に足音の方へ目を向ける、
 すると案の定、そこには肩を並べて歩く、斎藤さんと原田さんの姿があった。
 目が合うと、言葉少なな斎藤さんは目礼し、原田さんは軽く手を持ち上げる。
「土方さん、交代の件は、伝えて来たぜ。今頃は、何処の持ち場も次の班にちゃんと代わってる筈だ」
 原田さんはゆったりとした動作で近付きながら、副長へ向かい報告の言葉を口にした。
 その横では、相変わらず無表情な斎藤さんが、一つ小さく顎を引く。
「そうか、ご苦労」
 副長は、そんな御二人に端的に答えて頷いた。
 御二人は、少しだけ速度を上げて、そのまま俺達のすぐ傍までやって来る。
 副長の傍に控える俺を認めると、原田さんは人当たりの良い笑顔で俺に声を掛けて来た。
「よお、山崎。戻ってたのか」
「はい、今しがた。ちょうど俺も、副長への報告に来ていたところです」
 気さくな調子で尋ねる彼に、俺は問われるままに簡潔に答えを口にする。
 するとそれを見て、今度はおもむろに斎藤さんが口を開いた。
「副長」
「ん?」
「山崎君が戻ったということは、周辺の確認は無事完了したようですね」
 どうやらこの方には、将軍警護の任への気負いや感慨など無縁のものであるらしい。
 斎藤さんは普段通り、必要最小限の言葉だけを口にする。
「ああ。後はここをがっちり固めるだけだ」
 副長は、そんな彼に小さく笑い、はっきりとそう告げた。
「近藤さんや新八には、お偉方の相手を任せちまってるからな。ここは俺達が、何としても守らなきゃならねえ。しっかり頼むぜ、原田、斎藤」
「御意」
「あいよ。……まあ、そうは言っても、こんだけの隊士が寝ずの番をしてるんだ。入り込める奴なんて、いる訳はねえとは思うけどな」
 奮起を促す副長の言葉に、御二人はそれぞれらしい口調で答える。
「馬鹿野郎、こんなとこで油断なんかするんじゃねえ!」
 副長は、原田さんの答えに露骨に眉を吊り上げる。
 だが、当の原田さんは、咎められてもおどけたように、肩を竦めただけだった。
「……」
 俺はそんな幹部同士の遣り取りを、傍に立ち、ただ黙って聞いていた。
 ………。
 二条城に着くまでは、副長や原田さんにも、常にはない表情の固さが見られたものだ。
 だが、今の御二人のご様子は、もう日頃と何ら変わりない。
 恐らく口では咎めることを言っていても、原田さんと同じように、副長や斎藤さんも、今回の任務の成功を確信されているのだろう。
 ……ならば自分は、その確信がいち早く現実のものとなるように、出来ることを為すまでだ。
(もう一度、島田君のところへ行って来るべきかもしれないな……)
 まだ続く、気負いのない皆さんの声に耳を聞きながら、俺はそんな考えを巡らせる。
 と、刹那。
「っ……貴方達は?!」
 不意に何かが落ちるような音とともに、逼迫した少女の声が、俺達の元に微かに届いた。
「今のは……」
 かなり距離はあるようだが、それが一体誰のものかは明白だ。
 そう。
 この陣の中にいる、年頃の少女はただ一人。
 あれは……この任務の伝令役を務めている雪村君に違いない。
「っ?!」
 他の隊士か、或いはこの城の者達と、何か問題でも起きたのだろうか。
 そんなふうに考えたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。
「……行くぞ」
 瞬間、和やかだった場の空気がまた一変する。
 副長は不意に瞳を鋭くすると、俺達を一瞥した後、先に立って踵を返した。
 斎藤さんと原田さんは、無言で頷きそれに続き、俺はさらにその後を追う。
 俺達は、そのまま声がした東門の方を目指し、一目散に走っていった。
 幸いなことに、雪村君を発見するまで、さほど時間は掛からなかった。
 が……。
 俺達が目の当たりにしたその状況は、声から想像していた程、楽観的なものではなかった。
「ッ……あいつら!!」
 状況を理解するなり、副長が低く毒づく。
 今、彼女は三人の男達に囲まれている。
 そのうちの一人……赤い髪の大男には、俺も確かに見覚えがあった。
 そうだ。
 あれは、蛤御門で斎藤さんと対峙していた、薩摩藩の天霧九寿だ。
(ということは、他の二人は、天王山と公家御門にいたという風間千景と不知火匡、か……)
 実際に会ったことはないが、その二人のことは、副長や原田さんから報告を受けている。
 特徴的な外見か判断しても、恐らくあの二人は、その両名と見て間違いはないだろう。
 事実、彼等と実際刃を交えた副長達の眼差しは、見る間に鋭さを増していく。
『一体何故、奴らはこんな場所にいるのか』
 恐らく我々は、皆同じ疑問を抱いていることだろう。
 が、さらに意外だったのは、風間達がいつまでも、雪村君の元を離れようとしないことだ。
 偶然男達の侵入を目撃しただけだと思ったのだが、男達はいつまでも雪村君を解放しない。
 それどころか、奴らは彼女と、何かを話し込んでいる。
(……どういうことだ?雪村君は、間が悪くここに居合わせただけではないのか?)
 そんな疑問が、時とともに頭を擡げる。
 しかし、いずれにしても、この状況をそのままにして置ける筈がない。
 少女の痛々しい程強張った顔を見れば、彼女が窮地に陥っているのは明白なんだ。
 直後、副長は不意に俺の方を見据え、低めた声で俺を呼んだ。
「山崎」
「はい!」
「俺達が連中を引き付ける。その間に、お前は千鶴を連れて、二条城を離脱しろ。あいつには、このまま屯所に戻ってもらう」
「……ッ!」
 与えられた副長からの命令に、俺は瞬間、息を飲む。
(副長……?)
 胸の奥が鈍く軋む。
 心の内を、濁流のような感情の波が荒れ狂う。
 当然だろう。
 これでは、幹部である副長達を戦わせ、自分一人が安全な場所へ逃れろと言われたも同然だ。
 いくら理に適っているとはいえ、感情的に、そう簡単に納得出来るものじゃない。
 が、俺は結局僅かに躊躇した末に、一つ顎を縦に引いた。
「……承知、しました」
 自分もこの場所に留まりたい。
 戦いの場でも、常に副長の傍に在りたい。
 その思いは無論ある。
 が、そんなものは単なる俺の我が儘に他ならない。
 男達の目的が彼女であるなら、雪村君の身の安全は、この場で最も重要視されるべきだろう。
 それに俺の腕では、あの三人の相手が務まらない以上、雪村君を逃す役目を俺に与えた副長の判断は当然だ。
 到底、馬鹿げた感情論で、俺が意を唱えられることじゃない。
「よし、行くぞ」
 俺の答えに、副長は頷き、踵を返す。
 それを合図に、俺達は一斉に行動を開始した。
 原田さんと斎藤さんが先行し、今にも少女を捕らえようと手を伸ばす風間の前に割って入る。
 その間に、副長は雪村君に近付いて、彼女をそのまま後方へと下がらせた。
「また貴様らか……」
 直後、抑揚のない低い声が、闇の中に響き渡る。
 不意の乱入者に相当気分を害したのか。
 風間千景は、明らかに侮蔑を湛えた目で、副長達を冷ややかに一瞥した。
 が、当然それで引き下がる方々ではない。
 原田さんは不知火と、斎藤さんは天霧と、御二人はそれぞれ一定の間合いをとって対峙する。
 そして副長は、風間に向かい、ゆっくり白銀の刃を抜いた。
 ……。
「将軍の首でも取りに来たのかと思えば、こんなガキにお前ら一体何の用だ?」
「貴様らには関係ない。これは我ら【鬼】の問題だ」
「鬼、だと?」
 二言三言と互いに言葉を交わしながらも、周囲の空気が張り詰めたものへと変わっていく。
 俺が見てもよくわかる。
 事態はまさに一触即発。
 彼らの意識は、これから斬り合う目の前の相手へ集中する。
(今だ……!)
 その機に乗じて、俺は物陰から素早く飛び出し、雪村君の背後へと近付いた。
 そうして、健気にも小太刀を抜き、自らも立ち向かおうとする少女の肩に手を置いて、飛び出そうとする彼女を制する。
「副長達なら心配は無用だ」
「ッ……山崎さん、いつの間に?」
 声を掛けると、振り向いた鳶色の目が、驚愕に見開かれる。
 だが俺は、そんな彼女に答えることなく、ただ自分の役目だけを静かに告げた。
「副長の命令だ。今から俺が、君を屯所まで連れて行く」
「え……?」
 瞬間。
 少女の瞳が戸惑いに大きく揺れる。
 が、彼女はすぐに俺の言葉を理解すると、唇を引き結び、小さく左右に首を振った。
「……出来ません」
「雪村君!」
 思わぬ拒絶を耳にして、俺は思わず咎めるように彼女を呼ぶ。
「ッ……!」
 雪村君は、厳しい声にも決して怯むことはなかった。
 いや、むしろ逆に、彼女は自分の決意を伝えようとするかのように、正面から俺をじっと見返す。
 ……。
 迷いのない、真っ直ぐな鳶色の双眸が俺を捕えて放さない。
(雪村君……)
 池田屋や禁門の変での行動を見ても、この少女はこういう時に、好き勝手な我が儘を主張をするような娘ではない。
 その彼女が、ここまで頑なに言い張っているんだ。
 きっとそこには、相応の訳があるのだろう、とは想像出来る。
 が……。
 だとしても、俺は今、それを彼女に貫かせる訳にはいかない。
 俺は、布で表情を隠しているのを幸いに、故意に冷淡に少女に向けて唇を解いた。
「君の考えは理解した。そこまで言うからには、君にもきっと何かここに留まるだけの理由があるのだろうと思う。己の意志を貫く姿勢は、尊ぶべきものだ」
「じゃあ……!」
「だが、己の意志を貫きたいのは俺も同じだ」
 ほんの一瞬、こちらが折れてくれることに期待を覗かせた少女に対し、俺はぴしゃりと言い放つ。
「……?!」
「俺の意志とは、勿論副長からの命令を遂行することに他ならない。すまないが、ここは俺とともに来てもらう」
 そうして俺は、早急にここを離脱するべく、雪村君の手を取ろうと距離を詰める。
 が、刹那。
「ッ――?!」
 背後から射るような殺気を感じ、俺は思わず息を飲み、横目で背後を睨みつけた。
 ……。
 視線を移せば、長髪の男…不知火が構えた小銃は、明らかに俺に狙いを定めている。
 ……?!
「山崎?…くそっ!!」
 引き金が引かれるよりも僅かに早く、気付いた原田さんが俺達の間に割って入る。
「原田、……てめえ!」
「でやぁ!!」
 気合いとともに、夜闇を大きな槍が一閃する。
 原田さんの攻撃は紙一重で不知火にかわされてしまったが、それを機に、奴はまた、俺ではなく目の前の敵に狙いを移した。
(くそっ……!)
 原田組長の咄嗟の機転で、一先ず俺は、危機は回避出来たと言ってもいいだろう。
 だが、その事実に俺は苦虫を噛み潰す。
 そう。
 これでむしろ、事態は最悪の方向へと転がった。
「……」
 息を殺して周囲の様子を一瞥すれば、鍔ぜり合いの間を縫って、刺すような視線がこちらへ飛んで来る。
 それは明らかに、敵意と殺意を孕んだもの……。
 つまり、他の二人にも、もう既に俺の存在は気付かれている、という訳だ。
(ここまで、か……)
 任務を完遂出来ずに終わる悔しさに、俺は唇を引き結ぶ。
 だが、こうなってしまった以上、最早雪村君を逃がすことは不可能だろう。
「くそっ、何をもたもたしてやがんだ!!」
 事態を理解し、副長が剣を振るいながら、苦々しくそう吐き捨てる。
(仕方がない。ならば……)
 その声に、次に為すべきことを悟り、俺は戦いから……鬼と名乗る男達から小柄な少女を庇うように、雪村君の前へ出た。
「……」
 何時、不測の事態が起きようとも彼女を守り切れるよう、息を殺して戦いに集中する。
 しかしどうやら、それぞれの戦いは膠着状態に陥ったようだった。
 副長と風間、原田さんと不知火、斎藤さんと天霧。
 睨み合った者同士が、それぞれ撃って出る機を図り、睨み合いを続けている。
「………ッ!」
(副長……!)
 その状況に、真っ先に痺れを切らしたのは、皮肉にも傍観者である俺自身だった。
 無論、副長達の勝利を信じていない訳じゃない。
 しかし、不敵なまでに落ち着き払った鬼達の様子を目にすれば、どうしても焦燥が胸に募る。
――……っ!――
 今、自分が最優先に考えるべきは、雪村君の安全だ。
 そんなことはわかっている。
 それに、副長達と互角以上に渡り合う連中を、自分が相手に出来る筈がないことも百も承知だ。
 しかし……。
 しかしもし僅かにでも相手の注意をこちらに向けて、敵に隙を作れれば、均衡したこの戦況を、副長達の優位に運べるかもしれない。
(よし……!)
 そこまで熟考した末に、俺は意を決して腰の刀に手を掛けた。
「山崎さん?」
「大丈夫だ。君はここにいればいい」
 雪村君が上げた声に、顔も見ずに俺は短くそう答える。
 そして俺は、そのまま静かに刀を抜いた。
「……ん?」
「山崎!!」
 直後。
 風間と副長が、同時にこちらを振り返る。
 冷ややかな風間に対して、副長は俺の姿を見つけるなり、露骨に顔色を変えた。
「……な、馬鹿野郎?!下手に煽るような真似をするんじゃねえ。山崎、いいからお前は、そのまま千鶴を守ってろ!!」
 案の定、副長からは予想通りの鋭い怒声が飛んで来る。
 だが俺は、上役からの命を受けても、刀を下ろすつもりはなかった。
 逆に両手で強く刀の柄を握り、俺は正面から金髪の男を睨みつける。
 と、刹那。
 風間はそんな俺を見下ろして、嘲るように口角を持ち上げた。
「ふん、滑稽なことだ。貴様ごときが刀を抜いて何をする?」
「……」
「よもやこれで二対一などと、思い上がっているのではあるまいな。この男の相手をしていることなど、何の問題にもならん。今俺がその気になれば、貴様が刀を振る前に、貴様の首は胴から離れて転がっているぞ」
「……ッ!」
 告げられた侮蔑の言葉に、かっと顔が熱くなる。
 しかし俺は、強く奥歯を噛み締めて、ただ真っ直ぐに風間の顔を見返した。
「……だとしても、ここで退くつもりはない」
「山崎!!」
 その答えに、副長が悲痛な声で俺を呼ぶ。
 しかし俺は、決して目の前の相手から、目を逸らそうとはしなかった。
 ……。
「………」
 背中を冷たい汗が伝う。
 こうして剣を構えれば、素人同然の俺にも自ずと理解出来てしまう。
 そうだ。
 先程の風間の言葉は空言ではない。
 俺と奴の力の差は、悔しいが、それ程に歴然だ。
「ッ……!」
 もし、僅かでも隙を見せれば、風間は赤子の手を捻るように、簡単に俺を屠るだろう。
 だが……それでも俺は構わなかった。
 当然だ。
 副長達が、この状況を打開する布石として果てるなら、一体何を躊躇うことがあるだろうか?
(せめて一太刀……)
 五月蝿く響く己の鼓動を聞きながら、俺は刀を持つ手にさらに力を込める。
 風間は、そんな俺を冷徹な目で見つめ……。
 直後、遺憾だと言いたげに細い眉を吊り上げた。
「……?」
「気に入らぬ。貴様のごとき脆弱な者が、何故そんな瞳をする。まったく、人間とは実に不可解な生き物だ」
 そうして奴は、嫌悪と蔑みを露わにして、低くそう吐き捨てる。
 だが、それと同時に風間は不意に、自身の刀を鞘に収めた。
「……?!」
「まあいい。確認は成った。この場は一先ず退くとしよう」
 そうして高慢な金髪の鬼は、一方的にそう戦いの集結を言い渡す。
 どうやらそれには、天霧と不知火にも特に異論はないらしい。
「わかりました」
「仕方ねえな」
 二人の男は、風間の言葉に、二つ返事で顎を引く。
「おい、待てよ!!……てめえら、ここまで乗り込んで来て、何を勝手なこと言ってやがる!」
 そんな男達に、原田さんが食って掛かる。
 だが、結局俺達は、それ以上奴らを追うこともなく、男達を見送った。
 雪村君を危険に晒すべきではなかったし、騒ぎを聞き付け、他の隊士が集まって来れば、徒に犠牲が増えるだけになる。
 それに…仮にも将軍警護の任の中で、事を荒立てるのは、どう考えても得策ではないからだ。
 ………。
 男達の姿が完全に見えなくなると、俺達は各々自分の刀を鞘に収めた。
「くそっ!何なんだあいつらは?わざわざこんなとこまで出て来た割に、嫌にあっさり退きやがって」
「同感だ。だが、あの連中の思惑など、我々にわかる筈もない。彼女を狙っていたのは確かなようだが」
「まあ、な……」
 原田さんと斎藤さんが、忌ま忌ましげにそんな言葉を交わしている。
 俺はその声を聞きながら、まだ収まらない胸の鼓動を修めようと、何度も深く嘆息した。
 と、刹那。
 ようやく静寂を取り戻した周囲の空気ね中に、不意に荒々しい足音が響き渡る。
「ッ……!」
 顔を上げて振り向けば、そこには俺が最も大切に想う人の姿があった。
 だが、その様子はどう見ても尋常なものではない。
 副長は、先程よりもさらに鬼気迫った形相で、俺を睨みつけている。
「副長……?」
 呼び掛けると、深紫色の双眸が、怒気を孕んでギラリと輝く。
「山崎、てめえ……何のつもりだ?何でこんな無茶しやがった?!」
 そして副長は、憤りのまま荒げた声でそう告げた。
「副長……」
「俺はお前に、千鶴を安全に屯所へ帰せと命じた筈だ!俺達の戦いに加われとは、一言だって言っちゃいねえだろうが!!」
「はい」
 俺が答えて頷くと、副長はいよいよ苛立ちを募らせて、さらに眉を釣り上げる。
「なら何で、あんな馬鹿な真似しやがとた?!たまたま今回は、あいつらが退いたからよかったが……。そうじゃなけりゃ、今頃自分がどうなってたか、お前はわかっているんだろうな?!」
 甘んじて叱責を受ける俺に、さらに厳しい追及が次々に飛んで来る。
「おい、土方さん。まあそんなに言ってやるなって。山崎だって、こいつなりに良かれと思ってやったんだからよ」
 と、あまりの副長の剣幕に、見兼ねて原田さんが、助け船を出してくれる。
 だが俺は、そんな彼の厚意を有り難く思いながらも、小さく首を横に振った。
「構いません、原田組長。俺が副長の指示に背いたことは、紛れも無い事実です。俺はこのことに対し、弁明も言い訳もするつもりはありませんので」
「っ、お前……」
 俺の答えに、原田さんは呆れたように琥珀色の目を見張る。
 が、相手の心情を察することに長けた彼は、すぐに小さく微笑むと、困ったように肩を竦めた。
(仕方ねえな……)
 恐らく、そうおっしゃりたいのだろう。
 しかし敢えて、そのまま引き下がってくれたことに、内心深く感謝する。
 そうして俺は、改めて大切に想う人の方へ向き直った。
「……」
「……」
 副長は、腹立たしさを滲ませながら、俺の目をただじっと見つめていた。
 が、やがて。
 自身を落ち着けるように、深く一つ嘆息した後、土方さんは静かに唇を解いていく。
「山崎」
「はい」
「俺は金輪際、何があろうと……例え組織や自分の命運に関わる場面だろうと絶対に、お前に犬死を命じるような真似はしねえ。絶対だ。……それだけは、肝に命じとけ。わかったな」
「ッ……!」
 不意打ちのように、突きつけられたその言葉に、俺は小さく息を飲む。
 副長は、一方的に俺に言葉を投げ掛けると、踵を返し、足早に元来た方へと歩き出した。
(副長……)
 俺は、遠ざかる想い人の細身の背中を、ただ黙って見つめていた。
「ありゃ、久々に相当きちまってるな。なあ山崎……災難だったが、お前はあまり気にすんなよ」
 そんな俺に、原田さんがまた労いの言葉をくれる。
 それを聞き、俺は今度は口角を持ち上げた。
「問題ありません。あの方のお気持ちは、よくわかりましたから」
 そうして、少しも迷うことなく、原田さんにそう告げる。
『俺は、何があろうと絶対に、お前に犬死を命じるような真似はしねえ。……それだけは、肝に命じとけ。わかったな』
(副長……)
 いましがた耳にした、あの方の言葉が蘇る。
 誰より責任感が強く、総てを自身で背負おうとしてしまう方だ。
『そういう問題じゃねえんだよ!?』
 もしもあのまま戦いが続き、俺が命を落としていたら…。
 またきっと、副長は自分を責めて、酷く苦しまれていたに違いない。
 そう思えば、胸の奥からまたどうしようもなく、苦いものが湧き上がる。
 だが……。
(副長、申し訳ありません。この身一つで、組織の……貴方の為に成せることがあるのなら、俺はきっと何度でも同じ道を選びます。それこそ、この命が尽きる時まで)
 俺は、凛とした副長の背に、胸の内でそう告げる。
 ……そう。
 あの方を傷つけ、悲しませる結果になると知りながら、それでも俺にはどうしても他の道など選べない。
 その矛盾と、あれ程案じて下さった副長が望む答えを出せない自分に、不意に罪悪感が募り、俺は周囲に気付かれないよう、また唇を噛み締めた。





<後書き>
崎土連作第9弾をお届けします。今回は、鬼達初登場で二条城のお話です。密かに、後半の展開に、風間千景の存在は欠かせません。(ぼそ…)相変わらず、甘さのない恋人関係の話ですみません。もうしばらくこんな2人が続くとは思いますが、秋頃には、中盤の山場へ向けてガラッと展開が変わる予定でおりますので、よければお付き合いくださいませ。


posted by 二月 at 20:58 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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