2011年08月31日

「新たな隊務」 山崎×土方

山崎×土方連作第10弾です。
薄桜鬼本編2章、前回の二条城襲撃を前提とした松本良順来訪後の話です。
山崎の医療面の役目について、一部捏造設定あります。




ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。










 その日、買い出しから戻って来た俺は、荷を下ろすと、直ちに副長の元へと向かった。
『土方さんが、あんたのことを呼んでいた。察するに、火急の用ではなさそうだったが、手が空いたなら、一度出向いてみて欲しい』
 玄関先で顔を合わせた斎藤さんに、そう声を掛けられたからだ。
 急ぎではないとのことだったが、それを聞いて、俺はすぐに副長の部屋へ向かうことにした。
 当然だろう。
 どんな些細な事であろうと、俺にとって、土方さんの用件以上に優先すべきものなどない。
 それに……。
 今日は珍しく、あの方の元へ向かう機会を持てずにいた。
 だから正直、土方さんの顔が見られるのは、やはり嬉しくもあった。
(……駄目だな。副長は、任務の為に俺を呼ばれたのだから、浮ついた気持ちを抱くのはあまりに不謹慎だろう……)
 そうは理解していても、誰より愛しい人に会える高揚は、容易に抑えられはしない。
 そんな自身に苦笑しつつ、俺はふと歩調を緩め、今しがたの荷運びで浮かんだ汗を、手ぬぐいでそっと抑えた。
 そうして、何気なく縁側から庭先へと目を向ける。
(……しかし、今日も本当に暑いな)
 そうして俺は、胸の内で、うんざりとそう呟いた。
 京の夏は、以前から暑いと相場が決まっているが、それにしても、ここ数日は異様な猛暑が続いている。
 こう暑くては、当然皆の士気も下がるし、様々なかたちで隊務にも弊害が出てくるだろう。
(この分では、また体調を崩す隊士が出ないとも限らないな。食べ物や水も傷みやすくなっている。注意しておかなければ)
 そんなことを考えながら、俺は容赦なく照りつける真夏の太陽を睨みつける。
 と、その時だ。
(あれは……?)
 庭の片隅に、とある人の姿を認め、俺はその場で足を止める。
 改めて目を向ければ、そこには屯所で一際小柄なあどけない少女の姿があった。
 彼女……雪村君は、竹箒を手に、いそいそと庭掃除に取り組んでいる。
「……」
 この暑さの中、庭の掃除はさぞ骨が折れる仕事に違いない。
 しかし彼女は、辛そうな顔をするどころか、嬉々とした様子で、目の前の仕事に精を出している。
(大したものだ。雪村君は本当に勤勉だな)
 その様子に思わず眦を下げながら、俺はそのまま彼女がいる庭の方へと近付いた。
「雪村君」
「……?」
 廊下の端から呼び掛けると、少女はきょとんと目を見開き、こちらの方を振り返る。
 そして直後。
 廊下の立つ俺の姿を捉えると、鳶色の瞳はパッと明るい色を浮かべた。
「山崎さん、お帰りなさい。これから土方さんへのご報告ですか?」
 そうして彼女は、微笑みながらそんな言葉を口にする。
 自身の次の行動までも言い当てられ、俺は堪らず小さく喉を震わせた。
「ああ。報告という訳ではないが、今から副長の元へ伺おうと思っている」
 苦笑交じりに答えると、雪村君はまたふっと鳶色の瞳を細くした。
「そうですか。暑いのに大変ですね」
「何、大したことじゃない。君の方は掃き掃除か。相変わらず、精が出るな」
「いえ、そんな……」
 俺が労いの言葉を返すと、少女は酷く照れ臭そうに、小さな肩を一つ竦める。
「私はただ、少しでも皆さんのお役に立ちたくて、自分が出来ることをやっているだけですから」
 そうして彼女ははにかみながら、さらにそう付け加える。
 それを見て、俺は小さく左右に首を振った。
「謙遜する必要はないだろう。今この屯所に、君ほどよく気がついて、雑用をこなしてくれる人はいない。現に、君の働きに我々はとても感謝しているんだ。君はもう少し、自分に誇りを持っていい」
 この組織の誰よりも、率先して細々とした仕事をこなしてくれながら、あくまでも控えめなことを言う。
 そんな姿がいじらしく、そして同時に切なくもあり、俺は彼女に諭すようにそんな言葉を口にした。
 すると、俺の反論に、雪村君は少しだけ口許の笑みを深くする。
「あ、ありがとうございます、山崎さん。そう言って頂けて、嬉しいです」
 そうしてようやく彼女は誇らしげに笑う。
(そうだ、それでいい……)
 嬉しそうな少女の様子に、いつの間にか俺も自然と口の端を持ち上げていた。
 ……彼女、雪村君と俺は、池田屋事件で行動をともにして以来、少しずつ、打ち解けた話をするようになっていた。
 この少女は、変若水を新選組に持ち込んだ、あの雪村綱道氏の一人娘だ。
 だから俺は、当初彼女を全く信用していなかった。
 雪村君自身がこの屯所に身を寄せた経緯については、勿論端から承知している。
 が、それでも俺は監察方の立場上、彼女が父の内通者である可能性をずっと疑い続けていた。
『俺は監察という立場上、あなたのことを信用しない。それが課せられた勤めだ』
 春先のことだったか……雪村君自身にも面と向かってそう告げたことは、今も記憶に新しい。
 だが、あの池田屋事件を機に、俺の考えは一変した。
 追い込まれた状況に立たされる程、人の本質は見えやすくなる……というのはそうやら本当のことらしい。
 重要な隊務の中で伝令として行動をともにしたことで、俺は彼女が信頼に足る相手であることをはっきりと理解した。
 そうだ。
 幹部の方々は、皆多かれ少なかれ彼女に好感を抱き、その便宜を計ろうとしておられたが、それも頷ける話だろう。
 この雪村千鶴という少女は、羅刹や変若水のことなど一切知らない、ただの健気で情の深い少女だった。
 今では俺も、その事実を疑いなく信じている。
 そして……。
 彼女と接し、その話を聞く中で、俺はいつしかこの少女に対し、他の誰とも違う親近感を抱くようになっていた。
 ……そう。正式な新選組隊士である自分がこんなことを言うのは滑稽かもしれないが。
 戦う力を持たない身で、この屯所内に留め置かれている彼女の歯痒さ、無力感、そして苦悩……そういうものを、俺は恐らく他の誰より理解している。
 そんなふうに感じられて仕方がなかった。
 当然だろう。
 副長達と肩を並べて斬り合いの場に立てないことへのもどかしさは、監察方の役目を担ったあの日から、俺自身が嫌という程味わってきたものなのだから。
『すみません。せっかく山崎さんが、逃がそうとしてくださったのに……』
 瞬間、10日程まえ耳にした彼女の言葉が不意に脳裏に蘇る。
 そうだ……あの時もそうだった。
 あれは確か、二条城の警護を終えて、屯所に戻った翌日のこと。
 雪村君は、酷く思い詰めた顔で俺の元へやって来ると、鬼と名乗る男達から自分を逃がそうと危険を犯した俺の行動を、彼女自身が不意にしてしまったと、深々と頭を下げて詫びてくれた。
『山崎さんが、私を逃がそうとしてくださったことには、本当に感謝しているんです。……でも私は、どうしてもあの場所から逃げたくはありませんでした』
『雪村君……』
 俺が小さく呼び掛けると、少女は一瞬唇を引き結ぶ。
『あそこにいても、自分が何の役にも立てないことは、勿論わかっていたんです。でも、どうしてあの人達が私を狙うのか、その理由もわからないままでしたし、それに……私の為に戦ってくださる皆さんを置いて、自分だけ安全な場所に逃げるなんて、やっぱり出来ませんでした。ごめんなさい』
 そうして彼女は、静かだがきっぱりと自分の想いを伝えてくれる。
『雪村君……』
 彼女のその告白を聞いた瞬間、もう俺の中から、雪村君の行動を咎めようという気持ちは、跡形もなく消えていた。
 いや……初めから俺には何も言える筈などなかったんだ。
 戦いの場で、自分が役に立たないことは理解している。
 それでも、大切な仲間が命を賭して斬り合いを続ける場所から、自分だけ逃げるような真似はしたくない。
 その想いは、俺も同じだったのだから。
(雪村君……)
 彼女が屯所に身を寄せてから、もう決して短くはない時間が流れている。
 この少女が、俺と遠からぬことを考えていたとしても、何も不思議はないだろう。
 だから、全く身に覚えのないことで、あんな連中につけ狙われる心労は推し計るしか出来ないが、少なくともその部分で、俺は彼女の想いを実感として理解できる。
 そんなことを考えてながら、俺は気落ちした様子の少女に微笑み、小さく首を横に振った。
『いや、俺に謝ることはない。君も知っているだろう?あの時、副長の言い付けに背いたのは、俺も同じだ』
 そうして、苦い笑みを浮かべながら、俺はそんな答えを告げる。
『いいえ、同じなんかじゃありません!私が大人しく従わなかったのが悪いんです。私があの時、言われた通りに逃げていれば、あんなことにはならなかった筈でしょう?』
 と、雪村君は俺の言葉に弾かれたように反論する。
 そんな彼女の気遣いや責任感は、好ましく思えたが……。
 しかし俺は、また首を横に振り、そんな彼女をやんわり制した。
『いや、やはり同じことだ。あの時俺は、君を逃がせと副長から厳命されていた。それが果たせなかった以上、あの場では君の安全を第一に考えるべきだったんだ』
『山崎さん……』
『だが、それを理解していながら、俺は無謀にも、自分が決して勝てない相手に刀を抜いた。どうしてだと思う?』
『……』
 言葉尻で問うてみると、雪村君は明らかに困惑した様子で、瞬きを繰り返す。
 そのあどけない顔を見遣りながら、俺はまたさらに口許の笑みを深くした。
『君と同じだ。俺もただ、命を賭して戦う副長達の為、自分が出来得る精一杯の働きがしたいと、そんなふうに思っていたんだ』
『っ……山崎さん!』
 瞬間、少女はまた鳶色の瞳を大きく見開く。
 だが、聡明な少女はすぐに俺の言いたいことを理解してくれたらしい。
 やがて雪村君は、はにかむようにまた笑う。
 その反応に、俺は無言で頷いた。

 あの日から、俺と雪村君は、さらに話をする機会が増えたように思う。
 雪村君にしてみれば、庇護されている身で、幹部の方々にこういう話はしづらいのだろう。
 一方俺も、井吹以外の誰がにこんな話を聞かせたのは、思えば初めのことだった。
 言葉を交わすことが増えれば、ごく自然に日頃の態度や働きぶりも目に入るようになる。
 俺が見る限り、雪村君はいつでもかいがいしく屯所内の雑務をこなしてくれていた。
 そうして……。
 嬉しそうに仕事に励む彼女に俺は、少しずつ普段自分がこなしていた雑用を、頼むようになっていった。
 新選組の為に何かをしたい。
 少女のその意志は、尊重されるべきものだと思ったからだ。
(……まあもっとも、元より細やかな気配りに長けた雪村君は、俺が気を使わなくとも、率先して仕事を見つけてしまうのだがな)
「あ、山崎さん。土方さんのところに行かれるなら、私、お茶を煎れて来ます。山崎さんも、外から戻られたばかりで、喉が渇いていらっしゃるんじゃないですか?」
 案の定、今日もまた雪村君は先回りしてそう申し出てくれる。
 だが俺は、そんな少女に小さく首を横に振った。
「いや、せっかくだが、それには及ばない。斎藤さんに伺ったところ、どうやら話し込む程の用件ではないようだから、俺はすぐにその場を辞すことになると思う」
「そう、ですか」
「……」
 余計なことを言ったとでも感じたのだろうか。
 直後、雪村君は、申し訳なさそうに目を伏せる。
 そんな反応をされてしまえば、放って置く訳にもいかなくて、俺はまた小さく笑うと次の言葉を切り出した。
「だが、そろそろ副長には一息入れて頂きたい頃合いだからな。君さえよければ、掃除の後で構わないから、副長に茶をお持ちしてくれないか?」
 気落ちした様子の彼女を励ますように、俺は代わりにそう提案する。
「は、はい!」
 と、雪村君は、俺の言葉にぱっと表情を輝かせ、こくりと一つ頷いた。
 鳶色の瞳は、新たに仕事を与えられた喜びに、きらきらと輝いている。
「では、よろしく頼む」
 その様子を微笑ましく思いながら、俺は少女に一言そう言い置いて、廊下を奥へと歩き出した。

「副長、山崎です。お呼びと伺い、参りました」
 土方さんの部屋の前に腰を下ろすと、いつも通り居住まいを正し、中へ向かって呼び掛ける。
「おぅ、入れ」
 直後。
 障子越しにたった一言、短い返事が返される。
「失礼いたします」
 俺はそれを確かめると、目の前の障子戸を静かに引いた。
 そうして、一礼した後、自身の身体を素早く室内に滑り込ませる。
 戸を閉めて改めて向き直れば、副長は既に仕事中の文机から離れ、俺の方を見つめていた。
 目が合うと、深紫色の双眸がふっと柔らかな光を帯びる。
「呼び付けちまって悪かったな、山崎。お前、買い出しに行ってたんだろ。大丈夫なのか?」
 そうして副長は、そんな言葉を掛けてくれる。
 俺はその目を真っ直ぐ見つめ返し、はっきり一つ頷いた。
「問題ありません。用はもう済みましたので。それより、俺の方こそ、伺うのが遅くなり申し訳ありませんでした」
 そうして俺は、改めて遅参を詫びる言葉を告げる。
 すると副長は、何だかやけに可笑しそうに小さく喉を震わせた。
「おいおい、謝るなよ。出掛けてたんなら仕方ねえさ」
「っ……しかし……」
「構わねえよ。そんなに急ぎの用でもねえしな」
 なおも食い下がろうとする俺に、副長は改めてそう告げる。
 ……どうやら、この様子から察するに、用件は本当に急を要するものではなさそうだ。
 そう判断して顎を引くと、土方さんは「それでいい」と、また切れ長の目を細くした。
 そうして瞬間、任務の話に入るべく、副長は少し表情を引き締める。
「……実はな。近藤さんと相談して、今度正式に医療方の役職を設けようってことになったんだ。で、俺達はそいつをお前にやってもらいたいと思ってる」
「……俺に医療方を、ですか?」
「ああ」
 鸚鵡返しに尋ねると、副長ははっきりと顎を引く。
「ほら、この間の健康診断だよ。近藤さん、松本先生から叱られたのが、かなり堪えたらしくてな。『これ以上、怪我人や病人が増える事態は何としても避けねばならん』って、さっき急に言い出したんだ」
「……」
「勿論俺も、その点についちゃ、異論はねえさ。で、その人選をどうするかって話をしたら、俺達の意見は見事にお前で一致した。まあ、今までだって、実家が鍼医者なのを頼みに、何かありゃ怪我人や病人の処置はお前に任せていたからな。当然と言や当然なんだが」
「副長……」
 思わず漏れた呼び掛けに、副長は刹那、ふっと紫色の目を細める。
「どうだ、山崎。島田が抜けて、ただでさえ、監査方の内部がごたついてる時期に、こんなことを頼むのは、俺としちゃ心苦しくもあるんだが……。そこを何とか引き受けてくれねえか?」
 そうして副長は、改めて打診の言葉を口にした。
 無論、俺に迷いはない。
 答えなど最初から決まっている。
 その一言に、俺は間髪入れずに、勢いよく頷いた。
「はい、俺がやります。いえ、ぜひ俺にやらせてください!!」
 局長と副長が、これ程までに言ってくださっているのだ。
 俺にしてみれば、有り難いと思いこそすれ、断る理由は何処にもない。
 俺があまりにも、急いて答えたせいだろう。
 直後、副長は可笑しそうに、低く喉を震わせた。
「そうか、やってくれるか」
「はい!勿論です」
 確かめるように言われた言葉にもう一度はっきり頷けば、深紫色の双眸は、また柔らかな弧を描く。
「助かるぜ。ありがとよ、山崎」
 そうしてさらに、投げ掛けられた感謝の言葉。
「い、いえ……。これも隊務の一環です。そんなふうに言って頂く程のことではありませんので」
 その響きと微笑みが、何だかやけに面映ゆく、俺はついと傍の畳に視線を落とすと、ぶっきらぼうにそう答えた。
 ……。
 目の前に、誰よりも愛しい人の微笑がある。
 それを思えば、我知らず鼓動が速くなっていく。
(っ……!)
 刹那、愛する人に触れたいという衝動が胸の奥から湧き上がる。
 だが、今は大切な仕事の話の最中だ。
 そんなことが許される筈はない。
 ……。
 俺はそこで、半ば強引に己の感情を抑えつけると、改めてすぐ目の前にある美しい人の顔を見返した。
「では副長、今後、隊内の医療面については、俺に一任して頂けるということでよろしいでしょうか?」
 そうして俺は、確認の為、もう一度改めてそう尋ねる。
 土方さんは、俺の問いに一つ静かに頷いた。
「ああ、そういうことだな。監察方との兼務は厳しいだろうが、今後は病気や怪我の治療だけじゃなく、隊士どもの体調確認や、屯所内の衛生管理も頼みたい」
 そうして副長は、今後俺が担う役目を明確に示してくれる。
 と、刹那。
 不意に切れ長の紫の瞳が、ふっと厳しさを増していく。
「副長?」
「それから、な。……面倒ついでに総司のことも気にかけてやってくれ」
「?!」
「あいつの咳には、埃が大敵なんだろう?厄介事ばかり頼むことになっちまうが、あいつの身の回りも、注意深く見ててくれるか?」
「……」
 真剣な土方さんのその言葉に、俺は堪らず苦い想いを噛み締める。
 沖田さんの病については、勿論俺も承知している。
 いや、実際松本先生が本人に宣告する場に居合わせたんだ。
 むしろ直接病名を伝えられていない副長よりも、理解は確かと言えるだろう。
(副長……)
 聡明なこの方ならば、言葉にはされずとも、沖田さんの病名にも薄々気付いておられるのかもしれない。
 が、副長は敢えて俺にその話をすることはなかった。
 それはまだこの方自身が沖田さんの病のことを、認めたくないと思われているからかもしれない。
 そう……。
 顔を見れば、自分に盾突いて来るような沖田さんも、土方さんにはやはりかけがえのない仲間であり、弟のような存在なのだろう。
 勿論俺も、沖田さんがこの新選組にとって、無くてはならない人だというのは理解している。
 だから、彼に対する個人的な感情はどうであれ、沖田さんの病の回復に尽力するのは当然のことだ。
「承知しました。折を見て、俺が小まめに掃除などを行うように心掛けます。埃が立つ掃除を、みすみす本人にさせる訳にはいきませんので」
 俺は、深紫の瞳を見据え、はっきりとそう告げる。
 すると副長は、俺の答えに少しだけ口許を綻ばせた。
「ありがとよ。はは、何だか急に、お前の仕事を倍増させることになっちまったな。本当なら、助手の一人もつけてやりたいところだが、生憎ここには、お前程医術の心得がある奴は他にいねえしな」
 そうして副長は、さらにまた、そんな言葉を付け加える。
「いえ、そんな……」
『大丈夫です。助手など必要ありません』
 ――……!――
 そう答えようとした矢先、俺はふと、あることを閃き、息を飲む。
 ……。
 …………。
 こんなことを進言して、許させるのか。
 そもそも、隊士でもない人間に、特定の役目を与えることは、組織として好ましくないのではないか。
 様々な思考が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 だが結局、俺は自分の思いつきを、副長に告げてみることにした。
 あの少女なら、自分の留守を安心して任せられると確信出来る。
 それに、副長なら、俺のこんな進言にも、ちゃんと耳を傾けてくださるに違いない。
 そう判断したからだ。
「副長」
「ん?」
「助手という程、大層なものではないのですが……。もし、お許し頂けるなら、雪村君に医療面の手伝いをして貰いたいと思うのですが」
「千鶴、だと?」
 さすがに驚かれたのだろう。
 直後、副長は、意外そうに鋭い紫の目を見開く。
 俺はそれを真っ直ぐ見据え、小さくはっきり頷いた。
「はい。ご存知のように、彼女はあの雪村綱道氏の娘です。先日話をした際も、幼い頃からよく父の仕事を手伝っていたと言っていました。それに、雪村君は今も率先して屯所内の雑務をこなしてくれています。俺が監察方の役目で不在の間、留守を任せるのに、これ以上の人材はいないと思うのですが」
「そうだな……」
「……」
 俺の言葉が途切れると、副長は曖昧にそう答えたきり、暫く押し黙っていた。
 が、やがて、仕方ないないと言いたげに一つ肩を竦めると、切れ長の瞳はふっと緩やかな弧を描く。
「……副長?」
「いいだろう。千鶴には、お前から伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます!」
 望む答えが得られたことに、俺は感謝し、深々と頭を下げる。
 すると瞬間。
 副長はさらに口角を持ち上げて、またおもむろに唇を解いた。
「……成る程な。役に立つ方法は、戦うだけじゃねえってことを教える必要があった奴は、もう一人いた訳か」
「は…?」
「……何でもねえよ」
 俺が疑問の声を漏らすと、副長は不意についと視線を逸らし、早口でそう答える。
(副長……)
 その頬が、僅かに赤みを増した気がして、俺は刹那、小さく息を飲み込んだ。
 ……。
『俺はお前に犬死にを命じることは決してない』
(副長……いや、土方さん……)
 二条城襲撃の折、突き付けられた厳しい言葉を改めて思い出す。
 ひょっとして、副長は俺に剣を取り、無茶な戦いに挑む前に、生きて出来ることがあると、そう伝えようとされたのだろうか。
 そう思えば、我知らず、鼓動がまた加速する。
「副長……」
 呼び掛けても、副長はなかなか俺と目を合わせようとしてくれない。
「お任せください。俺は必ず新選組の……貴方のお役に立ってみせます」
 その姿がどうしようもなく愛しくて、俺は満面の笑みを浮かべると、諭すように愛しい人にそう囁いた。






<後書き>
崎土連作第10弾をお届けします。
本編の内容に振り返れば、殺伐とした事件のことが続いていましたので、この辺りで一度小休止。今回は、山崎と千鶴ちゃんとの関係にも触れながら、穏やかな話になりました。何だかちょっと崎千な感じになっちゃいましたが、断言しますがうちの山崎は副長に夢中です!!そして千鶴ちゃんは……その話は追々おわかりいただけるかと。次回は油小路の変辺りの話になる予定です。よければまたお付き合いください。


posted by 二月 at 18:07 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
web拍手 by FC2
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。