2011年09月30日

「守るべき誇り」 山崎×土方

山崎×土方連作第11弾です。
薄桜鬼3章後半、油小路の変の話です。
山崎視点。ゲームを元に、風間の屯所襲撃までを書いてします。
ネタバレを含みますので、ご注意ください。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。









 一触即発の両陣の周囲を、別の一団が取り囲む。
 ぴんと張り詰めた空気の中、一歩前へ進み出たのは、赤い髪の大男と浅黒い肌に癖のある長髪を結い上げ、短筒を構えた細面の男だ。
「不知火、てめえ!」
 男の一方を目に留めて、原田さんの罵声が飛ぶ。
 その横で、永倉さんが厳しい刀を構えた。
(……大丈夫だ。この方々なら、援軍が来るまで、必ずや持ちこたえて下さるに違いない)
 そう判じて、刹那、俺は踵を返す。
 本来、副長にいち早くご報告すべきところだが、今必要とされる援軍がいるのは酒の席が設けられたた近藤局長の別宅ではない。
 指示を仰がず俺の独断で動いてしまうことになるが……緊急事態だ。
 副長もきっと、目を瞑って下さるだろう。
 ならば今、目指すは屯所だ!
 そう判じて、俺は全速力で走り出す。
 後方から響く、鍔ぜり合いの音や怒声に、苦い感情が湧き上がる。
 だが俺は、自身の役目を全うすべく、振り返ることを頑なに拒んで、ひたすら目的地を目指した。

 慶応3年11月18日。
 我々新選組は、離反した元参謀・伊東甲子郎殺害と、彼が率いる御陵衛士殲滅の計画を実行した。
 原田さんに坂本龍馬暗殺の濡れ衣を着せたばかりか、羅刹隊の存在を公表し、近藤局長暗殺まで企てている。
 そんな報が齎されては、最早一刻の猶予もない。
 半年間、間者を務めた斎藤さんを呼び戻すと、副長は直ちに計画の実行を俺達に指示した。
 まず、局長と副長が伊東さんを局長の別宅に招き、酒宴を設ける。
 彼が泥酔し、帰路についたところを討つのは、原田さんと永倉さんだ。
 井上さんと、表向きには出戻りの立場の斎藤さんは、屯所で待機。
 監察方の俺は、当然伝令役として、現地に赴くことになった。
 恐らく、実行に至る直前まで、我々の最大の懸念事項は、藤堂さんの存在だったに違いない。
 御陵衛士発足の折、伊東派に組した彼は、まだ我々と敵対する側にいる。
 が……。
 あの方は、試衛館時代から副長達と苦楽をともにして来た、古参幹部のうちの一人だ。
 これまで、口に出すのは憚られたが、今日の任務が御陵衛士の殲滅である以上、皆が彼を案じるのは当然だ。
『手向かいするようなら、斬れ』
 藤堂さんのことを問われると、副長は皆の前できっぱりそう仰った。
 だがそれが、あの方の本意ではないことは、一目瞭然だ。
 そう。
 皆を指示する立場上、甘い考えは決して口になど出せない。
 だが、あの方も心の内では、藤堂さんを助けたいと……彼に新選組に戻って欲しいと願っている。
 だからこそ副長は、腕が立ち、最も彼と親しかった永倉さんと原田さんに、実行役を任せたのだろう。
『平助を見逃してやってくれ。そして出来るなら、新選組に戻るように説得してくれ。局長としてではなく、近藤勇個人として、頼む……』
 局長は、苦渋に顔を歪めながら、原田さん達に深々と頭を下げていた。
 ……。
 人格者の彼らしいその姿に、俺は胸が熱くなるのを自覚する。
 が、その反面。
 同じ想いを抱きながら、それを決して表に出せない副長の胸中を考えると、俺は同時にやりきれない気持ちになった。

 それぞれの配置が決まると、俺達は直ちに行動を開始した。
 俺は永倉さん達の待機場所を確認すると、副長達に追従し、局長の別宅へと赴いた。
 そうして広間の次の間に身を隠し、中の様子を息を殺してじっと伺う。
 やがて現れた伊東さんは、どうやらこちらの計略には、まるで気付いていないらしい。
 自分の話に相槌を打つ副長達に上機嫌で目を細めながら、彼は勧められるまま、次々に酒を煽っていく。
 腕に覚えがある人とはいえ、ここまで酔えば、斬るのもそう難しくはないだろう。
(もっともそれは、余計な横槍が入らなければの話だが…)
「ッ……!」
 刹那。
 激しい雨音が聞こえた気がして、俺は思わず息を飲む。
 ……。
 かつての同志であった相手を酒の席に誘い出し、酔ったとこ ろを襲い、討つ。
 確実性を重視したこのやり方は、いやがうえにも芹沢暗殺の時のことを俺に思い起こさせる。
「……」
 そうだ。
 俺はあの日、取り返しのつかない失敗を犯し、井吹から声を奪い、副長を傷つけた。
 だから今回は、絶対に同じ鉄を踏みはしない。
 何があっても、この役目を完遂し、大切な仲間を守ってみせる。
 宴の様子を眺めながら、固く固く心に誓う。
 そうして俺は、伊東さんが暇を告げたのを見計らうと、一足先に油小路へ向かうべく、屋敷の外へ飛び出した。

 油小路に身を潜める原田さん達と合流した後、俺は直ちに彼らに状況を報告した。
『いよいよだな』
『ああ』
 ……。
 藤堂さんのことが気に掛かっているのだろう。
 お二人は、いつになく固い表情で、二言三言、そんな言葉を交わしていく。
 それから後は、概ね副長の算段通りに進んで行った。
 泥酔し、千鳥足になった伊東さんを斬るのは、腕の立つお二人には、やはり容易なことだった。
 彼は大した抵抗も出来ないまま、永倉さんの刃を受けて、そのまま冷たい地に倒れる。
 その一報は直ちに御陵衛士の屯所へ伝わり、自分達の指導者の亡き骸を奪回すべく、かつて新選組の隊士であった面々は、原田さん達と対峙した。
 当然、その中には、藤堂さんの姿もある。
『……』
 ここまでは、本当に全て、計算通り。
 藤堂さんは、やはり原田さん達と斬り合う決意が固まらないのか、浮かない顔で、刀を構えようともしていない。
(藤堂さんは、迷われている?これならば、説得も可能かもしれないな)
 瞬間、淡い期待が、胸の奥から湧き上がる。
 が、その直後。
 事態は不意に一変した。
 闇夜を切り裂く一発の銃声。
 それとともに、新選組と御陵衛士、相対する両陣を取り囲むように、刀を構えた男達が姿を現す。
 俺達よりも先にそれに気付いて狼狽したのは、御陵衛士の面々だった。
「貴様ら、どういうつもりだ!貴様らが、本当に薩摩の者だというのなら、何故我らも包囲する?」
ーーっ……!ーー
 その反応に、俺は今回の事の裏側をはっきりと理解した。
 ……そう。
 全ては新選組と御陵衛士の共倒れを狙った、薩摩藩の差し金だった、という訳だ。
 おまけに何故か薩摩勢には、天霧ばかりか長州に属する筈の不知火までが加わっている。
(……急がなければ!ここで永倉さんや原田さんを、みすみす討たせる訳にはいかない!)
『不知火、てめぇ!』
 これまで何度も対峙した原田さんが、真正面から不知火をきつく睨みつける。
 怒気を孕んだその声を聞くと、俺は即座に踵を返し、屯所へ向かって駆け出した。

 屯所に戻った俺を最初に出迎えたのは、たまたま戸口に居合わせた雪村君だった。
 事は一刻を争う事態だ。
 俺は彼女の手を借りて、直ちに残った隊士達を召集する。
 局長、副長ともに不在の屯所で陣頭指揮を取っていたのは、古参幹部の井上さんだ。
 彼は俺が事の次第を説明すると、険しい顔で頷いた。
「わかった。すぐに、援軍を送らなければいけないね。永倉君達を、むざむざ殺させる訳にはいかない」
 その言葉に、俺ははっきり顎を引く。
「はい。あの方々なら、何とか持ちこたえてくれるとは思いますが、多勢に無勢な状況のうえ、相手には二人の鬼がいます。急ぎましょう」
「ああ、それじゃあ……」
 俺の言葉に頷くと、井上さんは隊士達に指示を出そうと唇を解く。
 が、刹那。
 その言葉は、不意に駆け込んで来た重量感のある足音に、途中で遮られてしまった。
 息を切らせて入って来たのは、到着が遅れていた島田君だ。
 彼は、我々の方を見るなり、鋭い声でこう叫んだ。
「大変です!鬼が襲撃して来ました。あの剣を持った細面の男……風間千景という鬼です!!」
「ッ?!」
 瞬間。
 あまりにも衝撃的な事実を告げられ、俺達は鋭く息を飲み込んだ。
 ……。
(何故、よりによってこんな時に)
 そんな思いは確かにある。
 だが、他の鬼達……不知火と天霧が油小路に現れたんだ。
 奴らが結託しているのは、火を見るよりも明らかだろう。
「行くしかないね。近藤さん達の留守にここで、好き勝手な真似はさせられない」
 顔をしかめた井上さんの一言に、俺達は同時にはっきり顎を引く。
 今、この屯所で、戦える隊士は数少ない。
 しかも相手があの風間なら、俺を含め、並程度の使い手では奴の相手にもならないだろう。
 だが、そんなことを言ってはいられない。
 井上さんがおっしゃった通り、副長達が不在とあらば、我々が何とかするまでだ。
「行きましょう!」
 戸口にいた島田君が、いち早く出口へと取って返す。
 俺や井上さんは、すぐさま大柄なその背中を、全速力で追い掛けた。

 外に出ると、辺りには濃い血の臭いが漂っていた。
 暗闇に目を凝らして窺えば、あちこちに、心臓を突かれて事切れた、白髪の化け物の骸が転がっている。
 その向こうに、月明かりを受け、剣を構える男が二人。
 急襲を掛けて来た鬼を迎え撃っていたのは、羅刹の力を発動させた山南さんだった。
「……」
 だが、羅刹化して力を増した筈の彼は、明らかに風間に押されている。
 ……たった一人でここに乗り込み、これだけの数の羅刹を短時間で撃退するとは。
 やはりあの鬼の力は尋常なものではない。
「紛いものが」
 金髪の鬼は、自分を見据えて剣を構える山南さんに、凍てつくような笑みを浮かべる。
「っ……!」
 その一言に、山南さんは激怒し顔を歪ませた。
 そうして彼は、激情のまま、再度鬼に斬り掛かる。
「はぁっ!」
 掛け声とともに、鋭い刃が夜の闇を一閃する。
 が、その直後に地に伏したのは、風間ではなく、挑んでいった山南さんの方だった。
 そう……ろくに構えさえ取っていなかった風間の剣は、山南さんよりはるかに早く、相手の身体を貫いていた。
「……っ!」
「ふん、他よりは多少ましなようだが、貴様の所詮は紛いもの。我らの相手になる訳もない」
 倒れ低く呻き続ける山南さんに、鬼はなおも、冷徹な言葉を浴びせていく。
 その姿に憎悪と嫌悪が湧き上がり、俺は堪らず腰の刀に手を掛けた。
 見れば島田君や井上さんも、既に剣を抜いている。
 と、刹那。
 ようやく俺達に気付いたとでも言いたげに、金髪の鬼は悠然とこちらを振り返った。
 そうして直後、凍てつくような鋭い瞳が、真っ直ぐ俺の姿を捉える。
「……っ!」
「ふん、貴様か。何をしに来た?貴様ごとき、その気になれば屠るなど一瞬だと、以前も教えてやった筈だが」
 そうして風間は、不愉快そうにそんな言葉を口にする。
『よもやこれで二対一などと、思い上がっているのではあるまいな。この男の相手をしていることなど、何の問題にもならん。今俺がその気になれば、貴様が刀を振る前に、貴様の首は胴から離れて転がっているぞ』
 ……。
 二条城で対峙した折、突き付けられたその言葉は、無論俺も覚えている。
 羅刹化した山南さんが、これ程あっさり敗北したんだ。
 素人同然の俺を斬るなど、この鬼にとっては、さぞ容易いことだろう。
 だとしても……。
「俺も前にも言った筈だ。……だとしても、ここで退くつもりはないと」
 俺は真っ直ぐに氷の瞳を睨みつけ、奴に向かってそう言い放つ。
「山崎君、あまり無茶をするんじゃない……!」
 横から井上さんの窘める声がする。
 だが俺はそれに敢えて答えず、ただじっと目の前に立つ金髪の鬼を見据えていた。
 と、直後。
 風間の眉が、さらにきつく寄せられる。
「……?」
「……またその目か。気に入らん。実に不可解だ。貴様のような取るに足らぬ存在が、何故そんな目をしている?脆弱な虫けらは、ただ大人しく縮こまっておれば良いものを」
 そうして奴は、冷ややかに俺を見下ろしながら、苦々しくそう吐き捨てる。
「……」
 その物言いが不愉快なのはこちらも同じだ。
 だが、ただでさえ不利なこの状況で、今迂闊に動くのはあまりにも危険過ぎる。
 そう判断して、俺はそのまま、束を持つ指先に力を込める。
 が、直後。
 不意に悠然と立っていた風間が先に動いた。
(来るっ――!)
 唐突の出来事に、俺は咄嗟に刀を振り上げ、応戦を試みる。
 だが次の瞬間、自分の手が二寸も持ち上がらないうちに、風間の刀の切っ先は、俺の喉にぴたりと突き付けられていた。
「……!」
「山崎君!!」
 傍らで、仲間達の声がする。
 だが、俺は返事すらもままならない。
 ……。
 背中を冷たい汗が伝い落ちていく。
 身じろぎ一つで簡単に喉を切り裂く位置で止まった鋭い刃に、俺はただ、息を殺して風間の目を睨み返した。
「……」
「どうした?抵抗しても構わんぞ。もっとも、貴様ごときにそれが敵うのなら、だがな」
「ッ……!」
「それとも命請いでもしてみるか?雑魚とて、命は惜しかろう。武士気取りの田舎者の一員らしく、非礼を詫びて無様に助命を請うのなら、見逃してやらん訳でもないが」
 そうしてまた、冷徹な低い声で嘲るように鬼は告げる。
『ふざけるな。殺したいなら、さっさと殺せ!』
 刹那。
 弄るような風間の物言いに、そう叫びたい衝動が、胸の奥から湧き上がる。
 だが俺は、喉の奥に力を込めて、寸でのところでその感情をやり過ごした。
『俺は金輪際、何があろうと……例え組織や自分の命運に関わる場面だろうと絶対に、お前に犬死を命じるような真似はしねえ。絶対だ』
 そう。
 副長は、俺にそう仰ってくださった。
 勿論俺は、副長や新選組の為ならば、この命などいつでも捨てる覚悟はある。
 だが、今はまだその時ではない。
 ここで風間の挑発に乗り、徒に斬り掛かることは、文字通り、つまらない自尊心を守る為の単なる犬死だ。
 副長が待っている。
 一刻も早く風間を退け、あの方の元へ戻らなければ。
 そうだ……俺はこんなところで、立ち止まる訳にはいかない。
 が、しかし。
「……貴様の思い通りになどならない。新選組は誠の武士の集まりだ。その隊士である俺が、無様に命請いなどするものか!」
 それでも「武士気取り」と言われたことだけは、絶対許す訳にはいかない。
 だから俺は、自分への蔑みに憤る代わりに、奴にそう言い放つ。
 ……。
 今この瞬間も、風間の太刀は俺の喉を捉えている。
 この状況で楯突くことは、端から見れば自殺行為に等しいだろう。
 それは無論承知の上だが、それでも俺は迷いなくその一言を口にした。
 俺自身が雑魚と罵られようが、取るに足らない存在だと嘲笑われようが、それは別に構わない。
 そんな事実は、俺自身、百も承知だ。
 だが……。
 新選組を貶める言葉だけは、許す訳にはいかなかった。
 そうだ。
 副長や局長が心血を注いで築いて来られた新選組の誇りだけは、絶対に汚させない。
 その為ならば、俺はこの場で斬られようとも本望だ。
「貴様……!」
 俺の言葉に、風間はまた憤りを露わにする。
「雑魚ごときが、分を弁えず、何処までも愚かなことを……。ならば、その思い上がった誇りとやらを胸に抱えて死ぬがいい!」
 奴は低く吐き捨てると、俺の首をはねるべく、また太刀を振り上げる。
 が、刹那。
 俺の首を飛ばそうとした切っ先は、横から飛び出して来た『その人』の剣によって、強引に阻まれていた。
ーーッ!ーー
 重く鋭い金属音が嫌に高く周囲に響く。
 目の前で、漆黒の髪と闇色の衣が微かに揺れる。
「ッ……斎藤さん?」
「下がれ、山崎。後は俺が引き受ける」
 俺が思わず名を呼ぶと、彼…斎藤さんはいつも通りの冷静な声で、端的にそう告げた。
 ……。
 有無を言わせぬその口調に、俺は頷き一歩後方へと下がる。
 すると風間は、そんな俺達を一瞥し、また切れ長の瞳を細くした。
「ほう、ここにはおまえが残っていたのか」
 以前、天霧と渡り合った時のことを、奴も覚えているのだろう。
 斎藤さんの乱入に、風間の目が、興味深そうな色へと変わる。
「ああ、この先は俺が相手になる。俺が来た以上、好きにはさせんなどと言う気はないが」
 斎藤さんは、そんな鬼に淡々と頷くと、姿勢を低くし、いつでも打ち込める体勢を取る。
(……)
 漆黒の衣を纏った彼の周囲を緊迫した空気が包んでいく。
 だがそれを目にした金髪の鬼は、急に至極あっさりと、自身の刀を鞘に収めた。
「逃げるのか?」
「いや、今日の目的は時間稼ぎだ。それがとうに果たされた以上、いつまでもここで、貴様らの相手をしてやる義理はない」
 ……。
 襲撃の開始も急なら、立ち去るのもなんと唐突なことだろうか。
 これだけの騒ぎを起こし、多くの羅刹を斬り捨てておきながら、奴はそれだけ口にすると、本当にそのまま踵を返す。
「っ……」
 勿論、今の我々に、深追いして徒に傷口を広げる理由はない。
 俺達はただ、颯爽と漆黒の闇に消える鬼の姿を、複雑な思いで見送っていた。
 風間の姿が見えなくなると、斎藤さんは抜いた刀を鞘に収める。
 それを見て、俺は小走りにまた彼に近付いた。
「斎藤さん」
「何だ」
「……助けて頂き、ありがとうございました」
 そうして改めて礼を言い、俺は深々と頭を下げる。
 すると斎藤さんは、俺の言葉に珍しく少し表情を和らげた。
「構わん。無事なようで何よりだ」
「はい」
「しかし無茶なことをする。これではまた、副長に叱られるな」
 そうして彼は、本気とも冗談ともつかない口調でそんな言葉を口にする。
「斎藤さん……」
 予想外のその一言に、俺は、一瞬面食らう。
 だが、考えてみれば、彼の指摘は尤もだ。
 だから俺は、口許に苦い笑みを浮かべると、「覚悟はしています」と短く答え、一つ小さく肩を竦めた。

 これでひとまず、屯所は静寂を取り戻したかのようだった。
 俺達はほっと胸を撫で下ろし、手分けして被害の状況を確認する。
 だが……。
 この夜屯所を騒がせた事の顛末は、これで終わりではなかった。
 傷を負い、暴走した羅刹数名が、混乱に乗じて屯所に入り込んでいたのだ。
 しかも、俺がそれに気付いた時には、羅刹達はもう既に事切れた後だった。
 斬ったのは、病床に伏せっていた筈の沖田さんだ。
 そう……。
 病が進行し、既に起き上がることさえままならない身でありながら、沖田さんは何人もの血に飢えた羅刹達を自らの剣で切り捨てていた。
『沖田さん……』
 血溜まりと多数の羅刹の骸の中に、倒れ血を吐く剣士の姿。
 その光景を目の当たりにした瞬間、俺は暫し動くことさえ忘れていた。
 ……病に犯され、死の淵に立たされながら、この人の剣はなんと鋭く、強いのだろう。
 ……。
 剣を持ち、戦うだけが任務ではない。
 副長は幾度もそう仰ったし、俺もそれは充分理解しているつもりだ。
 だが……。
(だが俺は、この人に比べ、一体どれだけ副長や新選組の役に立てているのか)
 そう考えれば、苦い感情は容易には拭えない。
「ッ……!」
 今更また、己という存在の脆弱さと無力さを痛感し、俺は誰にも気付かれないよう、きつく奥歯を噛み締めた。





<後書き>
崎土11話をお届けします。書いてみたら、ほとんど副長に出番がない展開になりました。すみません。代わりに風間と斉藤君が目立っていますね。この2人は、密かに後半の展開には欠かせない存在になっています。さて、次回は近藤さん狙撃の辺りのことです。いよいよこの連作も中盤の山場に突入します。年内で1つ、大きな山を越える予定となっていますので、今度ともお付き合いいただければ嬉しいです。


posted by 二月 at 18:32 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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