2011年10月28日

「真冬の嵐」 山崎×土方

Attention!!
この作品は、男性同士の性的表現を含みます。
18歳未満の方の閲覧は、かたくお断りします。ご了承ください。

山崎×土方連作第12弾です。
薄桜鬼3章後半の慶応3年12月、局長狙撃事件直後の話です。
山崎視点。あまりゲームでは書かれていないところですので、当然かなりの捏造が入ります。
多少、ゲームの内容のネタバレを含みますので、ご注意ください。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。











 慶応三年。
 年の瀬が迫るとともに、京の空気は日増しに緊迫の色を濃くしていった。
 王政復古の大号令により、それまで京を守る中核を担ってきた守護職、所司代がいずれも廃止。
 元々、京都守護職を担う会津藩のお預かりであった新選組は、幕命により新遊撃隊に組み込まれ二条城に詰めた後、再びそこから袂を分かち、拠点を伏見奉行所へと移した。
 だが、事態はそれだけでは終わらない。
 大政奉還が成されて以降、倒幕の気運は日に日に強くなって来ている。
 一時は藩の存亡さえ危ぶまれていた長州や外様の薩摩が、今では堂々と倒幕の名乗りを上げ、この京に迫りつつある有様だ。
 無論、幕臣の立場にある新選組も、この時流に無関係ではいられない。
 雪村君とあの三人の鬼の件。
 原田さんに対する坂本龍馬暗殺の濡れ衣。
 そして……先月の御陵衛士殲滅の一件。
 左幕派、倒幕派の立場の違いばかりでなく、既に我々は、薩摩や長州との間に、幾つもの遺恨を抱えている。
 そして12月18日。
 静かに長く燻り続けたその因縁の青い炎は、唐突に勢いを増して、新選組に襲い掛かった。
 召集された二条城からの帰還途中、近藤局長が何者かに狙撃され、右肩に重傷を負わされる。
 奇しくもそれは、あの油小路の変から、ちょうど一月後の出来事だった。


 縁側に出ると、凍てつくような真冬の空気に、思わず身体が固く強張る。
 だが、鬱々とした部屋の中にいた身には、冷たくも清涼なその風が、今はむしろ心地好い。
 俺はその場で足を止めると、庭を見遣り、おもむろに白い息を吐き出した。
「……」
 そうして何気なく、そのまま奉行所内の気配を伺う。
 ……確かに今日は一段と冷え込みが厳しいが、まだ日は高い。
 多くの隊士が、活発に鍛錬や隊務に勤しんでいても、何も不思議はない時間だ。
 にも関わらず、自分がいる奉行所の中は、先程から異常な程に静まり返ったままだった。
 まあ、それも無理はないだろう。
 ただでさえ、いつ戦さが始まるとも知れないこんな状況で、近藤局長が戦線を離脱されたんだ。
 隊内に意気消沈する者が多いとしても、それは仕方がないことだ。
 ……。
 近藤局長と、病状が思わしくない沖田さんが、松本良順先生を頼り、大坂へと旅立ったのは、昨日の朝早く。
 それ以降、この奉行所には、ずっとこんな重苦しい空気が漂っていた。
「……」
 さっき玄関でお会いした永倉さんと原田さんは、今頃血眼になって、近藤さんを襲った犯人を探しておられることだろう。
 まだ御二人が戻られないところを見ると、どうやら犯人と思しき元・御陵衛士の隊士達の捜索は、今日もまた難航しているようだ。
 ……。
 監察方の一員として、すぐに探索に加われないことは、正直申し訳なく思う。
 だが、それでも医療方兼任の俺には、今は他にしなければならない仕事がある。
 そう。
 局長と沖田さん……あのお二人の治療を担当した者として、彼らが去った後の部屋の片付けをする。
 それが今の俺に課せられた使命だった。
 多くの隊士達が暮らすこの奉行所で、これ以上、病の者を出す訳にはいかない。
 その為にも、俺が中心となり、徹底した衛生管理をするように。
 俺は副長から、厳しくそう言付かっている。
『ぐぁあああぁぁぁっ!!』
『っ、うぁ……あ……!』
 畳や布団にこびり付いた鮮血の跡を目にすれば、局長や沖田さんの苦悶の声が、知らずと脳裏に蘇る。
 その度に、俺は自分の無力さを痛感し、歯噛みせずにはいられなかった。
「……!」
(まったく……医療方など、一体何の意味がある?持てる技術で、その場限りの処置を施してみたとして、俺には本当の意味でお二人の身体を癒すことなど出来はしないのに)
 そう考えれば、また自然と苛立ちが胸の奥から湧き上がる。
 だが、どんなに悔しかろうと、今の自分にこれ以上、為す術がないのはまた事実だ。
 だから俺は、医療方の役目を半ばで放棄することになると知りながら、松本先生に後を委ね、この奉行所であの御二人を見送った。
 このまま自分が手を拱いているよりも、その方が局長や沖田さんの回復の助けになると思ったのも事実。
 そして何より、今自分がこの奉行所を……副長の元を離れる訳にはいかないと、俺は内心そう思っていた。
 ……。
(副長……)
『行くぞ。俺達には、ここでやらなきゃならねえことがある』
「っ……!」
 刹那。
 昨朝早く、門の傍であの方が言われた言葉が脳裏を過ぎる。
 奉行所の門で局長達を見送ると、副長はたった一言俺にそう告げ、足早にご自身の部屋へ戻られた。
 そうしてそれから一日半。
 あの方は殆ど部屋から出て来られずに、黙々と御自身の仕事を続けている。
 局長が不在の今、副長の仕事が倍増しているだろうことは勿論想像に難くない。
 だが、いつにも増して、仕事に没頭されるあの方のご様子に、俺はいつしか言いようのない不安と焦燥を覚えていた。
 そうだ……。
 今の俺には、不透明な新選組の行く末や、士気の下がった隊士達の様子以上に、副長の姿が酷く脆く危うく見える。
 副長が仕事に忙殺されるのは、常のことではあるのだが……。
 それにしても今の鬼気迫るご様子は、やはり到底、尋常なものとは思えなかった。
(……あれ程聡明な方が、局長不在のこの状況で、ご自分が倒れる訳にはいかないと、わからない筈はないのだが)
 そんなことを考えれば、また苦いものが胸の奥から湧き上がる。
 無論、少しでも休んで頂きたいと、俺も幾度か進言はさせて頂いた。
 それに、見兼ねた助役の斎藤さんも、副長に何度となく手伝いを申し出ているようだ。
 だが……。
『ああ、こいつが一段落したらな』
『心配すんな。こんなことで倒れる程、俺はやわに出来ちゃいねえよ』
 そんな俺達の言葉に対し、副長は決して首を縦には振らなかった。
 そう。
 口では我々の考えを理解したと言いながら、あの方は決して、仕事の手を止めようとはしないのだ。
『副長……!』
 あまりにも頑ななその姿勢に、俺や斎藤さんは、ただ口を閉ざすしか出来なかった。
 そうしてその事態は、今この瞬間も変わっていない。
(何とかしなければ……。このままでは、本当に副長のお体に障ってしまう)
 そう考えれば、焦燥ばかりが膨らんで、俺は思わず、またきつく唇を噛み締めた。
 と、その時だ。
「山崎」
 不意に背後から、静かな声で名を呼ばれる。
 応えるように振り向くと、そこには相変わらず感情を押し殺した斎藤さんの姿があった。
「……斎藤さん」
 目が合うと、彼は俺を見据えたまま小さく一つ顎を引く。
「そちらの用は終わったか。ならば、副長の部屋へ行ってくれ。あんたに頼みたい仕事があるそうだ」
 端的に告げられたその言葉に、今度は俺が頷いた。
「わかりました。こちらは片付きましたので、直ちに伺います」
「ああ、頼む」
 俺の答えに斎藤さんは、答えてついと視線を逸らす。
(斎藤さん……?)
 瞬間。
 その鋭い瞳の奥に、愁いとも苛立ちともつかない色が見えた気がして、俺は小さく息を飲む。
 ……気のせいだろうか。
 いや、しかし……。
「あの……」
「何だ?」
「副長は、まだ仕事を続けておられるのですか?」
 十中八九、彼の懸念はそのことだろうと当たりを付けて、俺は小声でそう尋ねる。
 すると斎藤さんは、改めて俺を見遣り、細い顎を端的に引いた。
「ああ、俺も幾度か声は掛けたが、問題ないの一点張りでな。休息はおろか、今日は食事も満足に摂られていない。あれでは到底身体がもつまい」
「っ……やはり!」
 淡々と告げられたその言葉に、俺は思わず苦虫を噛み潰す。
 と、刹那。
 斎藤さんはそんな俺に呼応するように、少し悔しげな顔をした。
「局長の負傷が、堪えておられるのだろうな。無論、仕事は増えただろうが、それ以上に重責を感じ、一人でそれを抱え込もうとされているのだろう。責任感の強い土方さんなら、有り得ることだ」
「……」
「だが、我々がどんなに案じたとして、耳を貸して頂けない以上、あの方自身に気付いてもらうより他ない。俺も山崎も、あの方の命令に従う立場なのだからな」
「……はい」
 諭すように言われた言葉に、俺は俯き小さく頷く。
 その時だ。
 普段は厳しい色を湛えた闇色の目が、不意に緩やかな弧を描いた。
「案ずるな。あの土方さんが、このまま愚かな真似を続ける筈がない。局長不在のこの時に、ご自身がどう振る舞うべきか、きっと遠からず気付いてくださることだろう」
「斎藤さん」
 思わず俺が呼び返すと、寡黙な人は微笑み小さく目礼する。
「少なくとも、俺は土方さんを信じている。山崎もそうだろう?」
「はい!勿論です」
 問いと言うより、確認に近いその一言に、俺ははっきり顎を引く。
 斎藤さんは、そんな俺の反応を見遣り、「それでいい」と一言静かに呟いた。
「では、俺はこのまま副長の元へ向かいます」
 とにかく、いつまでもこうしてはいられない。
 与えられた次の任務を果たすべく、俺は斎藤さんにそう告げる。
 すると寡黙な上役は、俺の言葉にまた一つ頷いた。
「ああ、頼む。……俺は今日は幸い非番だ。何かあれば声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
 手伝いを申し出てくれた斎藤さんに、深く一つ頭を下げて、俺はその場を後にする。
 そうして俺は、そのまま足早に、奥にある副長の部屋へと足を進めた。
「……」
 歩きながら、今しがた斎藤さんと交わした言葉を何となく思い出す。
『局長の負傷が、堪えておられるのだろうな。無論、仕事は増えただろうが、それ以上に重責を感じ、一人でそれを抱え込もうとされているのだろう。責任感の強い土方さんなら、有り得ることだ』
 ……。
 確かに、斎藤さんの言うことは尤もだ。
 普通なら、きっと誰もが今の副長のご様子は、局長不在の緊急事態に、あの方が気負われていると考えることだろう。
 それが一番、妥当な見方であるのは、勿論俺もよくわかっている。
 だが……何故だろう。
 そう理解しながらも、俺は今の土方さんの胸中をそれだけで判じることに、少しだけ迷いを覚えていた。
 勿論、確証など、何処にもない。
 だが……副長の胸の奥には今、俺達の想像とはまったく違う想いが在るのではないか。
 あの方は、自分の中に渦巻くその激情を、決して俺達には見せまいとしておられるのではないか。
 そんなふうに感じられて仕方がないんだ。
(副長……)
 しかもその疑念は、副長の顔を見る度に、次第に大きく膨らんでいく。
 その後、副長室を訪れた俺は、近藤局長襲撃の犯人探しを巡察の隊士達に任せ、薩摩や長州の動向を探ることに最善を尽くせと厳命された。
『……承知しました』
 明日にでも戦さが始まっておかしくない状況だ。
 いくら近藤局長のこととはいえ、今はいつまでも私怨を引きずっているべきではない。
 それは俺も同感だから、俺は新たな命令に恭しく一礼する。
 だが、そうしながらも、俺の内には抑え難い焦燥と猜疑心が渦巻いていた。
 ……そう。
 部屋へ入り、その命令を下すまで、土方さんはただの一度も俺と目を合わせてはくれなかった。
『面倒掛けてすまねえな』
『頼むぜ。山崎』
 どんな時でも、最後には柔らかな光を湛えて俺を送り出してくれる瞳が、今はこちらを映そうともしない。
(副長……!)
 そうして俺は、ようやく気付く。
 局長と沖田さんがこの奉行所を離れてから、この切れ長の美しい目が俺の姿を捉えたことが、一度でもあっただろうか、と。
「っ……!」
 刹那。
 胸の奥底から、苦いものが湧き上がる。
 考えれば考える程、その答えは「否」に違いないような気がした。
(副長、貴方は……)
 冷たく強張った端正な横顔を睨み、俺は思わず心の内で呼び掛ける。
 ……何故これ程物事に聡い方が、こんな無茶をされるのか。
 これではまるで、徒に御自身を追い込んでいるようではないか。
 こうして直に顔を合わせ、血走った瞳を見れば、その疑問はさらに大きく膨らんでいく。
(……いや、待て。自らを追い込むというよりも、むしろこれは……?)
 と、瞬間。
 俺の脳裏に、それまでとは、まったく違うある考えが不意に閃く。
 ――ッ…?!――
『そういう問題じゃねえんだよ!!』
(副長……)
 ………。
 何故、今まで俺達は、その可能性にまるで気付かなかったのだろう。
 俺はいつしか呆然と、そんなことを考える。
 それ程に、不意に浮かんだその回答は、他のどの答えより、目の前の人に相応しいもののような気がした。
「副長……っ!」
 衝動的に、俺はその考えが正しいものか、確かめようと唇を解く。
 が、その矢先。
「何かわかったら知らせてくれ。……頼んだぜ」
 一方的にそれだけ告げると、副長は俺を残し、また文机に向かってしまう。
「……」
 ついに一度も俺の姿を見ることなく、愛しい人が背を向ける。
 その事実に、愚かなことと思いながらも、胸の奥が大きく軋む。
 だが、命令が下った以上、従うのが俺の役目だ。
 そう……。
 私的な関係である以前に、俺達は新選組の副長と監察方。
 勿論俺は、今までほんの一瞬たりとも、それを忘れたことはない。
「……失礼します」
 だから俺は、悔しさと歯痒さを噛み殺したまま、深々と一礼する。
 抑えきれない感情に、僅かに揺らいだ自分の声が、今の俺には何だか無性に腹立たしかった。

 既に長州浪士の多くは、この京に舞い戻っている。
 以前はこそこそと武器や弾薬を集めて潜伏していたあの者達も、今では堂々と陣を構えているばかりか、要所を狙う大砲まで設置を進めている程だ。
 こうなっては、雑魚の動向に、いちいち構ってはいられない。
 俺は副長の命に従い京の町に飛び出すと、薩摩や長州の主だった拠点を回り、陣形や装備、人員の配置などを片っ端から調べていった。
「……」
 こんな状況だ。
 探らなければならないこと、得なければならない情報は、それこそ五万と存在する。
 だが、日が暮れた京の町を駆け回りながらも、俺の脳裏には、昼間見た副長の姿が焼き付いて離れなかった。
 深く疲労が滲んだ横顔。
 決して俺を映そうとしない、感情を殺した切れ長の瞳。
「……っ!」
 思い返す度、俺の胸は苛立ちと焦燥にまた大きく波を打つ。
 ……そう。
 薩摩や長州の最新式の銃器や大砲、倒幕を目指す彼らの士気の高さなどより、今の俺には副長のご様子が、正直不安で堪らなかった。
『そういう問題じゃねえんだよ!!』
 ……。
 単独で任務に当たる俺の脳裏に、返り血で全身を赤く染めたあの方の姿が蘇る。
『俺がもっと早く気付いてりゃ、ここにいた連中の大半は死なずに済んだ筈なんだ。俺の判断の遅れが、ここまでの事態を招いちまった。そいつはどうしたって拭えない、この俺の罪なんだよ!!』
 ……。
 押し殺すように吐き出された、悔恨と苦悩と自責の言葉。
 あれは四年前、新見さんと彼が作り出した羅刹を殲滅した時のことだ。
 勿論、今と当時の事件とは、状況はまるで違う。
 だが恐らく、今副長の胸中には、あの時以上の激しい嵐が吹き荒れているに違いない。
 諜報活動を行いながら、考えに考えて……。
 結局俺は、その結論に辿り着いていた。
 そうだ。
 最初は単なる思い付きだったあの閃きは、今や確信へとその姿を変えつつある。
(副長……!)
 本当なら、すぐにでも、奉行所へ取って返し、あの方に胸の内を質したい。
 だが、この逼迫した局面で、監察方としての役目を、疎かにする訳にはいかない。
 あの方は、何よりも直属の部下である俺を信頼し、重用して下さっている。
 どんな理由があろうとも、その想いを踏みにじるようなことは決して出来ない。
 いや……。
 何よりも、愛しく思う人を前に、己に恥ずべき行動など絶対に俺はしたくない。
 それが自分の本心だ。
 だから俺は、恐らく今も不眠不休で仕事を続けられているだろう土方さんの身を案じながらも、薩長軍の動向を探るべく、夜更けの京を駆け回る。
 薩摩も長州も京の西に位置する為、その軍は主に、京の西側に位置している。
 それらを片っ端から確認し、俺が奉行所に戻ったのは、結局深夜と呼べる時刻……子の刻を回った後のことだった。


 見張り以外が寝静まった奉行所の中は、昼間以上の静寂と緊迫感に包まれていた。
 いや……同じ敷地内に羅刹隊がいることを知るからこそ、俺はそう感じるのかもしれないが。
「……」
 外では倒幕派の連中が虎視眈々と刃を磨ぎ、建物の中にはあの白髪の化け物達が、血に狂った本性を隠し息を潜めている。
 今の新選組は、何と危うい立場に置かれているのか。
 副長の手腕や幹部の方々の実力に絶対の信頼を寄せながらも、その状況を考えれば、自ずとまた苦いものが胸の奥から湧き上がる。
「ッ……!」
 俺は少し力を込めて奥歯を噛むと、冷たく静かな奉行所の廊下を、足早に進んで行った。
 庭先に出て、二つ角を折れたところで、目指す部屋に灯った明かりが目に映る。
 ……。
(やはりまだ、お休みになられていなかったのか)
 十中八九そうだろうとは考えていたが、実際にその灯を目の当たりにすれば、思わず眉を寄せずにはいられない。
 そうして俺は、蝋燭の淡い光に目を細め、改めてこれから自分が為すべきことを、心の内で反芻した。
 そう……俺はただ副長への報告を済ませるためだけに、ここに来た訳じゃない。
「副長、山崎です」
 普段通り、戸の前で膝を付くと、俺は中に呼び掛ける。
「……ああ、入れ」
 数拍置いて返った答えに、俺はそのまま障子戸をするすると横へ引いた。
 ……。
 案の定、土方さんは、まだ文机に向かっていた。
 傍らに置かれた蝋燭の灯が、艶やかな黒髪や白いうなじを揺れる炎で照らしている。
「失礼いたします」
 その姿にほんの一瞬目を細めた後、俺は恭しく一礼した。
 だが、俺が部屋に入った後も、副長はこちらを振り返らなかった。
「悪いな。今ちょっと手が放せねえんだ。すまねえが、聞いているから報告を済ませてくれるか?」
 紙に筆を走らせながら、敬愛する上役は素っ気なくそんなことを言う。
 ……。
 この方は、どんなに多忙であろうとも、ちゃんと向き合い、人の目を見て話を聞いてくださる方だ。
 勿論、こんなことは初めてになる。
(ッ……!)
 夜闇に浮かぶ細身の背中に、俺はまた唇を引き結ぶ。
 だが、ここはまず、報告の任を果たすことが先決だろう。
「承知しました。では……」
 端的に一つ頷いて、俺は今日一日探って来た薩長軍の動向を、淡々と彼に伝えていった。
「……大砲の設置が行われている拠点は以上です。いずれも、その周囲は厳戒な警戒が行われています。今から潜入し、その無力化を図るのは至難の技です」
「だろうな。その大砲、射程距離はわかるか?」
「いえ、詳しいことは……。ただし、薩摩が輸入した、最新鋭のものであるのは間違いありません。恐らく射程距離もかなり長くなっていると思われます」
「そうか」
「それから、西国街道周辺にも、敵が集まりつつあるようです。西へ向かう要所ですので、薩長に抑えられぬうちに、手を講じるべきかと思います」
「わかった。明日、二条城へ行く用がある。その時にお偉方に掛け合ってみるさ。お前は引き続き、街道周辺を探ってくれ。状況次第じゃ、一度蹴散らしに行く必要も出て来るからな」
「承知しました」
 どうやら、報告に耳を傾ける意志はあるようだ。
 背を向けたままでも、副長は俺の言葉に、的確な意見や指示を与えてくれる。
 だが……。
 正直こんな苦い想いで報告を行うのは、監察方に就いて以来初めてのことだった。
 目を合わせないどころか、今の俺は、愛しい人に顔さえ見せて貰えない。
 その事実が、また濁流のように、俺の心を掻き乱す。
 俺はそんな内心を悟られないよう、努めて冷静を装った声で、事務的な言葉を紡いでいった。
 そうして間もなく、半日に及んだ諜報活動の報告は完了する。
 結局その間もずっと、副長の筆が動きを止めることはなかった。
「ご苦労だったな。またお前には、明朝から動いて貰うことになる。時間はねえが、部屋に戻ってゆっくり休めよ」
 相変わらず、頑なに背を向けたまま、副長は俺にこの場を辞すよう暗に促す。
「副長は、お休みにならないのですか?」
「ああ。ちっとばかり立て込んでてな。もう少し掛かりそうだ。いいからお前は、気にせず先に休んでろ」
 堪らず俺が問い返すと、副長は事もなげに、そんな答えを口にされる。
 そうして、話は終わりだと言いたげに、彼は脇に置かれた紙を取り、新たな書類に取り掛かった。
(副長………!)
 瞬間。
 そこで最後の覚悟は決まった。
 素早く立ち上がると、俺はそのまま戸口ではなく、奥の机に歩み寄る。
 そうして俺は、副長の筆が硯に置かれた僅かな隙を見計らい、強引にその腕を掴み、引き寄せた。
「っ……山崎?」
 直後、数日振りに俺を捉えた愛しい人の双眸が、驚愕に見開かれる。
 その輝きを真正面から見返しながら、俺はそっと唇を解いた。
「……そんなに、御自身を罰したいのですか?」
「何?」
「副長、貴方はそれほどに、御自身に罰を与えたいのですか?!」
 二度目の言葉は、我知らず感情的なものになっていた。
「山崎……」
 苦々しく吐き捨てた俺を、土方さんは呆然と見詰めている。
 だが、幾ら待とうとも、その唇が反論を紡ぐことはない。
 それは、俺の考えが間違いではない、何よりの証だった。
 ……そうだ。
 おこがましくも、自分の身に置き換えてみればよくわかる。
 今回の襲撃は、護衛を増やすべきだという副長の進言を、局長自ら不要と判じたことが一因だった。
 その事実から考えれば、この方に咎など有りはしない。
 だが……副長御自身は、果たしてそれで納得することが出来るのか。
 その答えは、恐らく否だ。
 ……もし俺が今の副長の立場に立たされ、この方の負傷を知らされたなら……俺は自責と後悔の念に囚われ、到底己を保つことなど出来はしなかっただろう。
 今のこの方と同じように……。
(副長……!)
 改めて、目の前にある深紫色の双眸をじっと見詰める。
 聡明なこの方は、今の自分に与えられた役割と責任を、恐らく理解されている筈だ。
 だが、その一方で、局長に怪我を負わせた後悔と自責の念はどうしても拭い難く……。
 相反する二つの感情に苛まれ、ぎりぎりで見つけた妥協点が、今のこの状況だったのだろう。
 故意に自らを追い詰め、自分自身に負担を掛けるような方法で、ひたすら仕事に没頭する。
 そうでもしていなければ、いくら副長と言えど、御自身を律することは難しかったのかもしれない。
 つまり……。
 つまり、局長の負傷は、この方にとってそれ程までに衝撃だった、ということだ。
「……」
 俺の唐突の行動に、心底驚いているのだろう。
 副長は言葉もなく、俺の目をただ呆然と見詰めている。
 至近距離から覗き込めば、端正なその顔には、あまりに疲労の色が濃い。
「ッ……!」
 その顔を見れば、大切なこの方が、今までたった一人で苦しまれて来たことは、あまりにも明白で……。
 俺はまた、悔しさにきつく奥歯を噛み締めた。
(ならば……!)
 きっと今の副長は、俺や斎藤さんがどんなに懇願しようとも、決して休まれはしないだろう。
 それならばと、俺は掴んだ腕を強引に引き、敬愛する人の身体を畳の上に引き倒す。
「山崎、……何を?!」
 突然の暴挙に、仰向けで俺を見上げた副長は、弾かれたように声を上げる。
 しかし俺はそれには構わず、両肩を抑えつけるような体勢で、副長の身体を自分の下に組み敷いた。
「……」
「……」
 至近距離から、再び視線が交錯する。
 大きく見開かれた深紫色の目に宿るのは、驚愕か、絶望か、それとも怯えか。
 副長は、暴れることさえ忘れたように、ただ俺を見上げている。
(副長……!)
「それ程に、御自身を罰したいというのなら」
「……山崎?」
「貴方にはどうしても罰が必要だというのなら……それなら俺が、この手で貴方を罰します」
 迷いを振り払うように、俺は誰より愛しい人にきっぱりとそう告げる。
 そうして言うなり、俺は副長の唇に貪るように口付けた。
「っ!………く、んぅ……山ざ!!……っ……」
 今まで幾度も繰り返して来た、触れるだけのものとは違う、奪うような強引な口付け。
 顎をこじ開け、半ば無理矢理捩じ込んだ舌の先で、俺はひたすら熱い口内を蹂躙する。
「ふっ………ん、ぅ……!」
 途端、副長はきつく目を閉じ、上体を強張らせる。
 細く長い指の先が、咎めるように俺の着物の袖を掴む。
 しかし俺は怯むことなく執拗な口付けを繰り返し、それと同時に、隙なく着込まれていた副長の着物に手を掛けた。
「っ?!」
 衿元が開け、白い胸が露わにされると、抑え切れない動揺に、副長は小さく息を飲む。
(副長……)
 俺はそこで、ようやく口付けを解くと、焦点が合うぎりぎりの距離から、愛しい人の切れ長の目を見返した。
「……」
 ……。
 三度、互いの視線が交わる。
 こんな時に、自分は何と罪なことを考えるものかと思う。
 だが、白い胸を大きく喘がせ、自分を見上げる愛しい人は、やはり他の誰よりも、俺には美しく見えた。
(副長……)
 今から自分が為すことは、この方を汚す行為に他ならない。
 無論、そんなことは、百も承知だ。
 なら……これ以上、告げるべき言葉はない。
「っ……!」
 決意を込めて、俺は一つ顎を引く。
 と、刹那。
 きつく衣を掴んでいた、副長の指から、不意にすっと力が抜けた。
「……っ?!」
 驚いて見返ると、切れ長の瞳はやけに静かな光を湛えて、俺をじっと見詰めている。
 ……。
 どちらのものとも知れない唾液で濡れそぼった唇が、『山崎』と……俺の名を紡いだように見えたのは、果たして俺の気のせいだろうか。
(副長……)
 いつの間にか、愛しい人の双眸から、動揺の色は消えている。
 その事実に、どうしようもなく軋む心を苦々しく思いながら、俺は剥き出しになった首筋に、そっと唇を寄せていった。

「ぅあ……くっ……っ!あ、……はっ!……」
 熱くうねる内壁を穿つ度、噛み締めた唇から、荒い息と艶めいた声が零れ落ちていく。
 ……。
 床に舞った漆黒の髪。
 上気した頬にきつく寄せられた細い眉。
 汗ばんだ、木目の細かい白い肌。
 初めて目にする愛しい人の艶姿に、俺は幾度も自分の理性が限界に達するのを感じていた。
(副長……!)
 懸命に奥歯を噛み締め、俺は込み上げる解放の衝動をやり過ごす。
 誰よりも愛する人を、自分本位な理由で組み敷き、踏み躙る。
 心も身体も男としての誇りまでも、自らの手で、ずたずたに引き裂いていく。
(副長……っ!!)
「あぁっ!……は、ぁ……!!っ……」
 例え互いに想いを交わした恋人であろうとも、こんなことは許されない。
 どんな理由があろうとも、こんな一方的な凌辱が、許されていい筈がない。
 だから……。
 だから俺がこうしてこの方を抱くのは、きっとこれが最初で最後になるのだろう。
 いや、明日以降、果たして俺は、今までのように、この方の傍にいられるのか。
「ッ……!」
 そう自問すれば、途端にまた苦々しい感情が胸の奥から湧き上がる。
 しかし俺は、故意にそこから目を背け続けることを選択した。
(そうだ。構うものか!この部屋に入る前から、とうに覚悟は決めていた。もう触れることも、傍にいることさえ叶わなくても……。これがこの愛しい人とまみえる最後の機会になろうとも、俺は後悔と自責の激情の中に、この方を一人で残しておきはしない!)
 自分に縋る両手を強く握り返し、俺はさらに激しく腰を振るう。
「ぅあっ!……あ、ぁあ……山、崎……!」
 ……。
 俺は、許されない罪を犯した咎人だ。
「っくぁ、……山ざ、き……ぁっ!……山崎っ!……」
 なのに何故、この方はこんなにも切なげな声で、幾度も俺を呼ぶのだろう。
「っ……副、長!」
「あ……、ぁあっ!!」
 名を呼び返し、最奥を激しく穿てば、熱く溶けた内壁がうねり、声が切羽詰まったものへと変わる。
 今まさに絶頂を迎えようとするその顔は、壮絶なまでの色香を纏い、俺を高みへ押し上げる。
(副長――っ!)
「くぅ、ぁああ―――!!!」
 ……そうだ。
 例えただ一度の契りであろうと、この方のこの姿を見られたのなら、一体何を悔いることがあるだろう。
「っ……!!」
 自分の下で、全身を激しく震わせ、愛しい人が昇り詰めていく。
 その身体を両腕できつく抱き締めながら、俺もまた、自らの欲望を解き放った。





<後書き>
崎土連作第12弾をお届けします。まずは……申し訳ありません!!当初から、こんな展開を考えていたのですが、いざ書いたものを読んでみれば、貴重な読者様に叱られる展開としか思えないものになってしまいました。でも、二月はこういう2人しか書けません。断言しますが、うちの幕末の崎土はほほプラトニックです!!山崎が副長を大事にし過ぎて、手を出すなんてとんでもない感じです。なので、その2人が一線を越えるのは、こういうことしか考えられませんでした。絡みがあっても、糖度がまるでない展開に、ひたすら平謝りするしか出来ません。本当に申し訳ないです。一応、ここからの3話が中盤の大きな山になります。もしよければ、来月もお付き合いください。


posted by 二月 at 20:30 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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