2011年12月28日

「願い(前編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第14弾です。
本編土方ルート4章前半、鳥羽伏見です。
山崎視点。上記ルートにネタバレを含みます。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。








 誰もが皆、ただ黙々と歩いていた。
 普段であれば、陽気な笑顔と持ち前の快活さで、隊士達を和ませてくださる永倉さんや、視野が広く気配りに長けた原田さんさえ、今は固く口を閉ざし、無駄口一つ叩かれている様子はない。
 まあ、それも当然のことだろう。
 この数日の戦いで、もっとも多くの部下を亡くしたのは、最前線で戦っておられた、あの御二人なのだから。
「……」
 無言で進む一団の前方に、皆を率いる愛しい人の背中が見える。
 局長から全権を任されながら、敗北をきっしたあの方の胸中は、いかばかりなのだろう。
(副長……!)
 刹那。
 胸の奥から、歯痒さと切なさに似たものが湧き上がる。
 ……。
 本当は今すぐにでもあの方の元へ駆け寄りたい。
 頑なに前を向いて進もうとするその背中を、俺が支えて差し上げたい。
 非力な俺に出来ることなど、たかが知れているのだろうが……。
 せめて苦しい胸の内を吐露する相手にくらいにはなれるだろう。
 そう思えば、尚更感情が波打つのは止められない。
 だが、どんなに強く願ったところで、俺がそれを行動に移すなど、到底不可能なことだった。
 当然だ。
 今我々は行軍の真っ只中。
 俺とあの方の間には、多くの隊士の姿がある。
 いくら直属の監察方の立場にあるとはいえ、あの方に不用意に近付くことなど許される筈がない。
 それに……。
 もし仮に、ここにいるのが俺達二人だけだったとして、あの方は以前のように、俺に心の奥を見せてくださるのだろうか。
 もう今の俺には、それすらもわからなくなっていた。
「……」
 あの夜、半ば強引に副長を組み敷いたことに、後悔はない。
 むしろ、あの後副長が落ち着きを取り戻されたことについて、俺は今、安堵さえ覚えている。
 だが、そうだからといって、勿論自分の罪が消えたなどと、俺は安易に考えてなどいなかった。
 あの夜の件について、あれ以降副長と話をすることはなかったが……。
 以前と変わらず傍に置き、部下として重用して頂けていることが、自分の罪への許しだなどと、驕るつもりは毛頭ない。
 いつかは自分が仕出かしたことについて、あの方と正面から向き合わなければならないだろう。
 そうでなければ、あの方の傍にいる資格はない。
 少なくとも、俺はそう考えている。
 ただ今は、俺も副長も他に為すべきことや考えるべきことが数多くある。
 今我々は、一丸となり局長不在のこの危機を打開しなければならない。
 それだけのことだ。
 そう。
 私的な事情に頭を悩ませるのなど、この戦さを終わらせた後でも構わない。
 恐らくは、副長も同じように考えておられるのだろう。
 その証拠に、俺達はあの夜からただの一度も、任務以外の私的な話はしていなかった。
 悠長にそんなことをしている場合ではない、というのも勿論事実だ。
 だが、ひょっとすると俺もあの方も、何処か意図してそうすることを避けていたのかもしれない。
 ……。
 またおもむろに、前を歩く毅然としたその背中に目を向ける。
 こんなふうに、自らの苦悩や痛みに耐え、ただ御一人で、皆を率いる御姿を目にすれば、その状況に歯痒さを覚えない訳ではなかったが。
 あんな罪を犯した俺が、これ以上独断で動くことが許されるとは思えない。
 なら今、俺に出来るのは、監察方や医療方を任された者として、少しでもあの方の負担が軽減されるよう、この身を賭して働くことだけだ。
 そう自身を奮い立たせて、俺は小さく顎を引く。
(副長……)
 凍てつくような寒さの中、重い足を引きずりながら、新選組は次の戦場へと進んで行く。
 遙か前を行く愛しい人の後ろ姿が、距離以上に遠く思えて、刹那、俺はきつく唇を引き結んだ。

 慶応四年一月三日。
 年末から一触即発の様相を呈していた薩長軍と幕府軍の均衡は、一発の銃声とともについに崩れた。
 京に入ろうとした幕府軍に薩摩陣営からの発砲が行われたのが全ての始まり。
 そう伝えられているが、それは単なるきっかけに過ぎなかったのだろう。
 事実、攻撃の機を窺っていたかのように、戦火は瞬く間に京の全土へ拡大した。
 無論、我々新選組がいる伏見奉行所も例外ではない。
 隣接した龍雲寺に仕掛けられた大砲による砲撃が始まると、副長はすぐに皆を集め、反撃に出ることを宣言された。
 敵本陣がある御香宮神社に突入するのが永倉さんの二番組、その援護役が原田さんの十番組。
 龍雲寺へ向かい砲撃の阻止に当たるのが斎藤さんの三番組、そして手薄になった奉行所の留守は井上さんの六番組がそれぞれ担う。
 副長御自身は、当然全体の指揮を取り、俺は各所の伝令役だ。
『任せとけって。やられっぱなしは性に合わねえからよ。派手に暴れて来てやるぜ』
 一番危険な任務を負った永倉さんが、白い歯を見せてそう言うと、皆の間にも笑顔が零れる。
 その時の俺達は、自分達の優勢を頑なに疑っていなかった。
 兵の数は幕府軍が薩長軍を圧倒している。
 英国から買いつけたという最新式の銃器には多少苦戦を強いられるかもしれないが、それも距離を置いて戦っている間だけのことだ。
 弾丸を装填する隙をついて懐に飛び込めば、剣槍の戦いで新選組に敵う者などいはしない。
 誰もが皆、そんなふうに考えていたに違いない。
 だが、反撃に転じた直後から、俺達は自らの見込みの甘さを、思い知らされることになってしまった。
 射程、命中率、装填速度、全てにおいて改良を施された薩長の銃器の威力は凄まじく、猛者揃いの二番組の実力を持ってしても、敵陣に斬り込むのは到底不可能なことだった。
 そしてそれは、御香宮神社へ向かった方々に限ったことではない。
 新型の銃器に為す術がない状況は、龍雲寺へ向かった斎藤さん達も同様であったらしい。
 果敢に突撃を試みても、味方の数を減らすばかりで戦果は一向に上げられない。
 そんな中、手薄になった奉行所に砲撃を加えられ、挙げ句火を放たれれば、いかに副長といえど、撤退を決意するより他になかった。
『もう、刀や槍の時代じゃねえのかもしれねえな』
 奉行所からの離脱を皆に告げる直前、副長はそう呟かれていたという。
 武士の身分を持たないからこそ、誰よりも武士に憧れて、局長とともに真っ直ぐに走って来られたあの方が、その事実を直視するのは、断腸の思いだったに違いない。
 しかし副長は、局長から預かった新選組を守る為に、その決断を下された。
 そうして俺達は、戦火に晒された京を離れ、今一路、大坂を目指して歩いている。
 まだ幕府軍は兵力を多数温存している。
 その軍と合流さえ出来れば、次の戦いでは確実な勝利を得られる筈だ。
 傷つき、疲弊した隊士達には、そう信じることだけが今心の支えとなっていた。
 それはつまり、その想いや願いや微かな希望を、副長がたった一人で背負われている、ということだ。
 副長ご自身も、皆が寄せるその想いを、ひしひしと感じておられるのだろう。
 だからこそ、あの方は毅然と顔を上げ、真っ直ぐ前へ進んで行く。
 信念と決意に満ちたその姿を、俺は誰よりも何よりも美しいと感じていた。

 重たい身体を引き擦りながら、どれくらい歩いただろうか。
 淀城に程近い山林に差し掛かったところで、副長は皆に足を止めるよう告げた。
 京を出てから、殆ど休息も取れないままここまで歩き続けて来た。
 さすがに皆疲労の色が濃い。
 医療方を任された身としては、今のうちに隊士の状態を確認しておくべきかもしれない。
 だが俺は、皆が地に座り込むのを横目に見ながら、真っ直ぐに副長に近付いた。
『よし、この辺りに暫くの間、身を潜めるぞ。もう淀城は目の前だ。ここから先は、状況を確かめねえことには、動くに動けねえからな』
 今しがた、皆にそう告げた直後、鋭い紫色の瞳が自分を捉えたような気がしたからだ。
「副長」
 数歩手前で立ち止まり、隊士達の様子を見つめる横顔に、声を低めて呼び掛ける。
 どうやら、呼ばれたと感じたのは、気のせいではなかったらしい。
 直後、副長は首を擡げて俺を見ると、少しだけ口の端を持ち上げた。
「来たな。まったく、お前は察しが良くて助かるぜ」
 そうして愛しい人は、細い肩を竦めるとそんな言葉を口にする。
「恐れ入ります。それより副長、俺に何か御用でしょうか?」
 だが俺が、改めてそう尋ねると、彼はすぐに表情を引き締め、一つ小さく顎を引いた。
「ああ。さっき他の奴らにも言ったことだが、ここから先に進むには、まず淀藩の様子を探らなきゃならねえ。いきなり何の断りも無しに、城に大勢で押し掛けるのは、さすがに不躾だろうしな」
(やはり、そういうことか)
 そこまで聞いて、俺は軽く頷いた。
「そうですね。では俺が、急ぎ淀城へ向かい、援軍を要請して来ましょう」
 そうして先回りして、俺は自らそう進言する。
 が、俺の言葉を耳にすると、副長は一つ細い肩を竦めた。
「いや、悪いがお前に頼みてえのはその役じゃねえんだよ」
「は、では……」
 意外な答えに、俺は思わず目を見張る。
 すると副長は、改めて俺を見遣り、また少し表情を引き締めた。
「淀藩への伝令についちゃ、他の奴……そうだな。千鶴や源さんにでも頼もうと思ってる。お前には、代わりにこの周囲に敵味方の軍がどう布陣しているか、そいつを探って来て貰いてえ。幕府方は完全に情報が寸断されちまってるからな。戦う相手が何処にいるのか、共闘出来る味方はいるのか。その辺りのことも、今はてめぇで調べるより他にねえからな」
 そこまで聞いて、俺はようやく副長の意図を理解した。
「成る程。淀藩はまだ戦火に晒されてはいませんからね。ならば、比較的危険が少ない城への伝令を雪村君達に任せるのは妥当でしょう」
 顎を引き、そう答えると、副長はまた苦みが混じった笑みを浮かべる。
「そういうことだ。お前には、ただでさえ他の奴らが休んでる時に働かせるうえ、より危険な役目を任せることになっちまうがな」
「副長……」
 すまなそうに眦を下げたその表情に、俺は堪らず愛しい人の名を呼び返す。
 そうしてすぐ目の前にある深紫色の瞳を見据え、俺は左右に首を振った。
「いえ、気遣いなど無用です。これが自分の役目ですから」
「山崎」
「それに、正直今のお話を聞いて、俺は少し安心しました。少なくとも、今の貴方は、適材適所に人を配する冷静な判断力をお持ちのようですからね」
 不躾だと思いながらも、俺は故意にそんな冗談めいた一言を付け加える。
 と、副長は一瞬切れ長の目を見開いた後、また苦みが混じった笑みを浮かべた。
「ったく、言ってくれるぜ」
 呟くように口にされたその言葉に、咎めるような色はない。
 その事実に胸を撫で下ろし、俺はまたすっと居住まいを正した。
「では、直ちに行って参ります。遅くとも、数刻で一旦こちらに戻りますので」
「ああ、頼むぜ」
「はい!」
 この場を辞すと告げた俺に、副長はたった一言、激励の声を掛けてくれる。
 それに応えて、一つ大きく頷くと、俺はすぐさま踵を返し、今辿って来た山道を逆に向かって走り出した。

 どうやら先の戦さで幕府方が苦戦を強いられたのは、我々が陣を敷いた伏見奉行所周辺だけではなかったようだ。
 偵察の為に本隊と離れてから程なくして、俺はその事実をまざまざと理解させられることになってしまった。
 端的に言うならば、近くに味方となる幕府軍の勢力がいなかった訳ではない。
 だが、どの部隊も先の戦いでの被害と士気の低下は著しく、とても今の新選組の共闘相手に相応しいとは言い難かった。
(……)
 これが、圧倒的な数的有利を誇っていた戦いの末路だろうか。
 そう思えば、胸の内から自ずと苦いものが湧き上がる。
(今の歴然とした装備と士気の差がある以上、分散した勢力で、徒に小競り合いを起こすのは、自分達の首を締めることに他ならないな。ならば余計な血は流さず、大坂城に布陣した幕府軍の本陣と、いち早く合流するべきなのかもしれない。副長に、そうお伝えしてみるか)
 目の前に突きつけられた現実に、俺はそんな思案を巡らせる。
 先の敗北は、幕府軍の末端に過ぎない我々には、予見し難いものだった。
 だが、あの方がいつまでも負けたままでいる筈がない。
 敵についての確かな情報と、ある程度対抗し得る武器や戦力さえ与えられれば、副長が指揮する我々新選組が敗れることなど有り得ないんだ。
(……っ!)
 そうだ。
 その為に、俺はこうして戦火の中を駆け回り、最前線の情報を集めている。
 戦さは何も、兵力や装備だけで、勝敗が決まるものではない。
 誰よりも早く、勝利に不可欠な情報を得ること。
 それを元に有効な策を立て、速やかに実行に移すこと。
 そこから不利な状況を覆すことも十分に可能な筈だ。
 そして俺は情報の最前線を担う監察方。
 この立場にいる俺だからこそ、あの方に進言出来ることもある。
 いや、今こそそれを為すべきだろう。
 そう己を奮い立たせて、俺はすぐさま踵を返す。
 こうしている間にも、薩長の連合軍は、我々に迫りつつある。
 現に俺は、周囲の様子を探る中で、幾度か相手方の斥候と思われる兵達を発見していた。
「急がなければ……」
 今は一刻を争う時だ。
 もたもたしてはいられない。
 ぐっと両の拳を握ると、俺はそのまま前を見据える。
『ああ、頼むぜ』
 刹那。
 脳裏に先程副長から告げられた短い言葉が蘇る。
 無論、酷使した身体に疲労を覚えていない訳ではない。
 だが、そんなことは二の次だ。
 己に課せられた役目を果たす。
 新選組と副長の勝利の為に、出来る限りのことをする。
 それ以上に重要なことなど、俺には何一つありはしないのだ。
(副長……!)
 あの方は、誰よりも武士としての生き様や誇りを大切にされている方だ。
 決して口にされることはなかったが、恐らく副長は、早急に再戦の機会を得ることを望んでおられるのだろう。
 そんな御意向に適う情報を持ち帰れなかったことは、勿論心苦しくあるが……。
 知略に長けたあの方ならば、きっとすぐに状況を受け入れ、この逆境を跳ね返す新たな策を講じて下さるに違いない。
 俺はそう確信している。
「っ……!」
 俺は副長を信じている。
 新選組の次なる勝利を信じている。
 だから今は、一刻も早く得た情報を、あの方の元へ届けよう。
 一つ小さく頷くと、俺はまた本隊を目指して走り出す。
 見れば、太陽はだいぶ西に移動している。
 今の状況を示すように、辺りをどんより重く染める灰色の雲の存在が、俺には無性に恨めしく思えてならなかった。






後編へ


posted by 二月 at 11:56 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
web拍手 by FC2
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。