2011年12月28日

「願い(後編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第14弾の後編です。
前編同様、本編土方ルート4章前半、鳥羽伏見を描いています。
山崎視点。上記ルートにネタバレを含みます。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。









 万一にも敵軍に見咎められることがないよう、細心の注意を払いながら、木々の間を駆け抜ける。
 こちらは一人。
 この地形と風の中でなら、多少の気配は誤魔化すことが可能な筈だ。
 そう判じて、山林に飛び込むと、俺はさらに速度を上げて、獣道を疾走した。
 早く、一刻も早く……。
 湧き上がる想いに急き立てられるように、前へ前へと足を進める。
 その想いが、どうやら通じてくれたらしい。
 当初の目的地よりも少し手前で、俺は束の間の休息を取る仲間達に追い付いた。
 恐らくは、先程の場所はここより辺りが拓けていたから、それで位置を変えたのだろう。
 そんなことを考えながら、俺は彼等に近付いていく。
 どうやら、今の見張りは斎藤さん達三番組の役目らしい。
 俺の存在に気が付くと、無口で寡黙な上役は、こちらの方へ鋭い視線を向けて来た。
「山崎、戻ったか」
 確かめるように声を掛けられ、俺は一つ目礼する。
「はい、遅くなりまして申し訳ありません。つきましては、至急ご報告したいことがあるのですが、副長は今、どちらにいらっしゃいますか?」
 そうして俺は、端的にそう問い返す。
 が、それに対して斎藤さんは、何故か少し複雑そうな顔をした。
「……斎藤組長?」
「生憎だが、今は無理だな。副長は不在だ」
「不在?」
 直後、意外な答えを返されて、俺は思わず目を見張る。
 すると斎藤さんは、改めて俺を見据え、小さく一つ頷いた。
「ああ。淀藩の状況を御自分の目で確かめたいとおっしゃっられてな。つい先程、ここを離れられた。この周囲を一回りして、すぐに戻るとのことだ」
「戻るとのこと……?まさか、御一人なのですか?!」
 瞬間、鼓動が大きく跳ね上がり、俺は思わず、声を荒げて斎藤さんに詰め寄ってしまう。
 だが、俺のその剣幕に、寡黙な人はただついと視線を逸らして頷いた。
「…?」
「ああ、一人で考えたいことがあると言われていた。無論、護衛をつけようとしたが、聞き入れて頂けなかった。恐らくは、まだ淀城から戻らぬ千鶴達を案じて、様子を見に行かれたのだろう」
「ッ?!」
 あくまでも淡々と事実を告げる静かな言葉。
 だが、それを聞いた俺の方は、到底冷静ではいられなかった。
(副長が……!!)
 胸の奥から、無視し難い、どす黒い何かが湧き上がり、心の内を掻き乱す。
 予感と呼ぶには、あまりにも生々しいその感情に突き動かされ、俺は咄嗟に踵を返した。
「山崎?」
「承知しました。俺が様子を見て来ます」
 端的にそう言い置いて、俺はまた駆け出そうとする。
 だが、それよりほんの一瞬早く、すぐ後ろにいる人に俺は肩を捕まれていた。
「っ……斎藤組長!」
「待て。副長は我々に、待機しろと仰ったのだ。今動くことは、あの方に背くことに他ならない」
 低めた声で、彼は諭すように俺に言う。
 だがその一言は、かえって俺の焦燥を煽るだけのものだった。
 素早く振り向き、制する手を振り払うと、俺は激情のまま、斎藤さんを睨みつける。
「勝手に決めつけないで下さい。俺は、そんな命令を受けてはいない!!俺には監察方として、一刻も早くあの方に、調べたことを報告する役目があるんだ!!」
「……」
 怒鳴るようにそう告げても、目の前の静な瞳は変わらない。
 むしろ俺の声に驚いたのは、周囲にいた他の幹部の方々だった。
「山崎?戻ってたのか」
「おいおい、どうしたんだよ、お前。そんなに熱くなるなんて、らしくねえぞ」
 駆け寄って来た永倉さんと原田さんが、口々にそんな言葉を掛けて来る。
 だが俺は、それを無視して、斎藤さんをただじっと見据えていた。
 と、やがて、目の前に立つ人は、得心したように、一つ小さく顎を引く。
「……?」
「そうだな。監察方は副長直属。その任に俺が口を挟むのは、筋違いというものか」
 そうして寡黙な上役は、ぼそりとそんな呟きを漏らす。
「それでは……」
「ああ、行きたければ行くがいい。副長の件は、山崎に一任しよう」
 確かめるように問い返すと、斎藤さんは今度こそはっきりと御自身の結論を口にされた。
「ありがとうございます」
 その言葉にほっと胸を撫で下ろし、俺は深々と一礼する。
 と、その様子に、傍にいた永倉さん達は、顔を見合わせ頷いた。
「土方さんや源さん達のことは、正直俺らも気になってたんだ。頼むぜ、山崎」
「はい」
「もう少ししたら、俺達も探しに行くからよ。悪いがそれまで、お前が先行しておいてくれ」
「畏まりました」
 お二人の言葉に、今度ははっきり頷いて、俺はまた深々と頭を下げる。
 そうして改めて踵を返すと、俺は淀城の方角へと一目散に駆け出した。
(副長……!)
 何故だろう。
 嫌な予感がしてならない。
『ったく、言ってくれるぜ』
 ……。
 つい先刻別れた際の副長のご様子に、常と変わったところはなかった。
 なら、元々腕が立ち、知略に長けたあの方が、無謀なことをなさる筈はない。
 俺はそう信じている。
 信じてはいるのだが……。
「っ……!」
 とっくに本隊と合流していていい筈の雪村君と井上さんが、まだ戻って来ていないこと。
 こんな時に、あの方が単独で行動されたこと。
 些細な事実の数々が、否応なく俺の胸を騒がせる。
(副長、どうか御無事で……!)
 さらに日が西に傾いた木々の間を、俺は祈るような想いで走る。
 その時だ。
 不意に刀同士が激しくぶつかり合う音が、俺の耳に飛び込んで来た。
 ――っ?!――
「土方さんっ!!」
 次いで響いたのは、悲痛な少女の叫び声。
 その声に促され、俺は足を止め、木々の奥へと目を凝らす。
 そして刹那。
 目の当たりにしたその光景に、俺は鋭く息を飲んだ。
 ……。
 既に事切れてしまったのだろうか。
 全身を赤く染め、力無く倒れ伏した井上さんの傍らに、少女が膝をついている。
 彼女はとめどなく流れる涙を拭おうともせず、悲壮な顔で、目の前に立つ人の背を凝視していた。
 そう……。
 彼女の眼前では、まだ二人の男が鍔ぜり合いを続けている。
 こちらを向いて悠然と立ち、不敵な笑みを浮かべているのは、あの細面の鬼、風間千景。
 そして雪村君達を庇うように、浅葱の羽織りをはためかせて、風間と対峙しているのは、紛れも無く俺が探し求めた方だった。
(これは……!!)
 だが俺は、そんな二人の姿を目にしても、すぐには動くことが出来なかった。
 それは何も、戦いが凄まじかったからではない。
 刀を振るう二人が二人とも、常とはあまりに違う様相をしていたからだ。
 金糸のような風間の髪は銀に変わり、その間からは見間違うことない二本の角が覗いている。
 そして……。
 副長の艶やかな長い髪は真っ白に、聡明な切れ長の双眸は毒々しい深紅に染まっていた。
(……!!)
 人の血を啜る忌まわしい化け物の証である、白髪と真っ赤の瞳。
 血のような輝きの中に滲む狂気の色を見つけ、思わずごくりと喉が鳴る。
 ……一体何が起きたのか。
 あの方が何をされたのか。
 目の前で起きていることをはっきりと理解した瞬間、俺は我知らず、固い大地を蹴っていた。
(駄目だ、このままでは…………副長!!)
 思うように縮まらない距離が酷くもどかしい。
 走り寄る俺の目の前で、戦況は刻一刻と変わっていく。
 いや……。
 正確に言うならば、鬼の本性を現した風間に、副長が追い詰められていく。
(副長……!)
 以前、山南さん達羅刹隊をたった一人で容易く殲滅してみせたのだ。
 風間の力は圧倒的だ。
 まして今、怒りの為か、変若水の影響か、あの方は完全に我を忘れている。
 このままでは……。
(くそっ……!そんなことをさせはしない!!)
 迷いなど、微塵もありはしなかった。
 あるのはただ一つ。
 誰よりも愛しいあの方を、こんなところで失う訳にはいかない、という想いのみ。
 と、瞬間。
 刀を弾かれ、副長の身体が大きく傾ぐ。
「はははは、終わりだ!」
「ちぃっ!!」
 狂喜を孕んだ風間の声と、副長の怒声が交錯する。
 回避も防御もままならない副長の胸に、銀に輝く切っ先が迫る。
(させるか!!)
 その直前、俺は一切躊躇うことなく、風間の刃の目の前に、自身の身体を投げ出した。
 ―――――――ッ!!!
「な………山崎!!」
 それは一瞬のことだった。
 背中から、身体の中央を貫かれ、痛みと衝撃で全身が硬直する。
 かろうじて、奥歯を噛み締め、不様な叫びは押し殺したが、傷ついた内蔵からせり上がった鮮血が喉の奥に蟠り、俺は直後、血の塊を吐き出した。
「き、貴様……」
 背後から、怒気に満ちた風間の声が飛んで来る。
 だが、今奴に構ってなどいられない。
「っ……く………」
 気を抜けば、崩れそうになる身体を渾身の力で支え、俺は歯を食いしばって副長の顔を仰ぎ見た。
「……」
 愛しい人は、呆然と俺を見詰めていた。
「っ…!」
「山崎……!」
 目が合うと、愛しい人は掠れた声でまた俺を呼ぶ。
 悲痛と驚愕を湛えた瞳は、まだ血のような赤い色をしていたが、もうそこに先程までの狂気はない。
 その事実に心の底から安堵して、俺は直後、強引に口の端を持ち上げた。
「何を……しているんですか?」
「……」
「貴方は頭で、俺は…手足の筈でしょう」
「山崎!」
 俺が一言発する度に、副長の顔がどんどん蒼白に染まっていく。
 その事実が悔しくて切なくて、俺は浅葱色の袖を掴んだ指先に、さらにぐっと力を込めた。
(副長……!)
 ……とうの昔に、覚悟など決めていた。
 新選組に入った時から、自分もいつかは、戦いの中で果てるのだと、ずっとそう考えて来た。
 勿論、仲間の為、新選組の為になるのなら、この命を捨てることなど惜しくはない。
 だが……。
 もし我が儘が許されるのなら、俺はやはり、誰よりも大切に想う方に、この命を捧げたい。
 それは、長い間人知れず胸に秘め続けて来た俺のささやかな願い。
 それがこうして叶えられたのだから、自分は本当に幸福だ。
 俺は今、改めてそう想う。
(だから、そんな顔をしないでください)
 声に出来ない言葉の代わりに、俺は副長に微笑み、一つ小さく顎を引く。
「山崎……!」
 と、直後。
 力が抜け、不自然に傾いだ身体が、二本の腕に抱き寄せられる。
 その温もりに震える心を自覚しながら、俺は直後、そのまま意識を手放した。





<後書き>
崎土連作第14話をお届けします。まずは、長いうえにこんな重苦しい話になってしまい、申し訳ありません。ようやく来た鳥羽伏見、勿論力を入れて書くつもりではいましたが、気がついたら普段自分が出している本と大差ない長さになってしまいました。内容についても、当初から決めていたことではあるものの、2011年最後がこれか…と、書いている本人、苦笑せずにはいられません。本当はもう1話書いて新年を迎えたかったのですが、余裕がありませんでした。尻切れトンボでごめんなさい。という訳で次回は、この直後の話です。なるべく早く書こうと思っていますので、またお付き合い頂ければ嬉しいです。
勝手ですがimage song: R E D  E M O T I O N 〜 希 望 〜 BY ν [ N E U ]


posted by 二月 at 12:08 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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