2012年02月29日

「影となりて」 山崎×土方

山崎×土方連作第16弾です。
前作の続きで、江戸に着いたばかりのエピソードを描いています。
山崎視点。
彼が生存している時点で100%捏造です。
珍しく、羅刹隊の山南さんと平助の出番が多くなっています。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。











 夜闇に紛れるように、敷地の中を足早に先へ先へと進んで行く。
 鍛冶橋大名小路に与えられた新しい屯所の一番奥……離れや裏口に程近いこの周辺は、機密保持の名目で、平隊士達の見回りが固く禁じられている。
 だから、既に鬼籍に入ったとされる俺も、この辺りでは自らの存在をわざわざ隠すことはない。
 しかしそれは、俺と同様の身の上である「あの方々」も同様、ということた。
「……」
 ついと視線を横へ向ければ、離れの入口では、先程から二つの影がこちらをじっと見詰めている。
 ……。
 姿を目に映すまでもなく、俺には何となくそれが一体誰なのか、見当はついていた。
 案の定、視線を送ればそこにいたのは、批難を湛え、眼鏡の奥から睨むように俺を見据える山南さんと、その傍らで気遣わしげな顔をしている藤堂さんだ。
 こちらの動きに気が付くと、山南さんはさらに眉を吊り上げて、数歩前へと進み出た。
「これはこれは山崎くん、ようやく御帰還ですか」
 そうしてすぐに、以前にもまして冷ややかな声が飛んで来る。
「はい」
 俺が小さく頷くと、山南さんは、不意に薄く口角を持ち上げた。
「江戸に来た早々、随分忙しそうですね。まったく、ご苦労なことです。羅刹の身で、昼日中から出歩く等、徒に力を浪費するだけだと言うのに」
「恐れ入ります」
 あからさまに刺を含んだ物言いに、俺は形ばかりの礼を尽くして頭を下げる。
 が、その態度に山南さんは、余計に機嫌を損ねたようだ。
 彼は直後、忌ま忌ましいと言わんばかりに眼鏡の奥の目を細めると、苛立ちにきつく唇を噛み締めた。
「君は……実に愚かですね。君一人がどんなに齷齪動き回ってみたところで、出来ること等ありませんよ。君がやっていることは、全くの無意味です。何故それがわからないのですか?」
「……」
「いえ、君だけではない。君にそれを許している土方君や斎藤君も、私には理解出来ません。そもそも何故彼らは、羅刹に身を落としながら、人のように振る舞っているのでしょう?それこそ愚の極みではないですか」
 ――ッ?!――
 瞬間。
 自分のことならいざ知らず、尊敬するお二人のことを悪し様に言われ、思わず頭に血が上る。
 だが、俺が詰め寄るより早く間に入って来たのは、傍にいた藤堂さんだった。
「や、やめなよ、山南さん!!そんなこと、山崎君に言ったってしょうがないじゃん!!」
 彼は慌てて山南さんに駆け寄ると、大きな声でそう訴える。
 それで少し、彼の矛先が変わったらしい。
「藤堂君……君は羅刹として、あの二人に、思うところはないのですか?」
 山南さんはまた眉を吊り上げると、今度は藤堂さんにそう問い返す。
 すると藤堂さんは、少し困惑を滲ませた後、改めて顔を上げ、小さく左右に首を振った。
「俺は別に、今のままで構わねえよ」
「……?!」
「だってあの二人は、俺と違って、死んだことになってる訳でもないんだからさ。なら、人として生きたいって思う方が普通じゃん」
「……藤堂君!」
 彼の答えが、意に沿わなかったのだろう。
 山南さんは、咎めるような声を上げる。
 しかし当の藤堂さんは、それを聞いて、逆に小さく微笑んだ。
「それに、近藤さんや総司は今戦えねえし、源さんもあんなことになっちまってさ。ここで土方さんやハジメ君までいなくなったら、新選組は潰れちまうって。ははは……だって、左之さんや新八っつぁんだけには、到底任せちゃおけないだろ?」
「……」
「……俺は今でも、やっぱり新選組が大事だからさ。むしろ土方さんやハジメ君には、皆を引っ張って、とことんまで戦ってもらいたいって、そう思うんだ」
「藤堂さん……」
 羅刹になって以来、久しく見ていなかった、凛とした彼の顔を目の当たりにして、思わず俺は小さな声で彼を呼ぶ。
 と、藤堂さんはそんな俺を真っ直ぐ見遣り、はっきり一つ頷いた。
「行きなよ、山崎君。土方さんが待ってるんだろ?」
 そうして彼は、微笑みながら、俺を促してくれる。
「はい!」
 俺はそんな藤堂さんに、応えて深く一礼した。
「では、俺はこれで失礼します」
 顔を上げると、俺は改めて御二人を見遣り、退散の意を告げる。
 藤堂さんは、その言葉にまた目を細めて頷いてくれた。
「ああ。っと……そうだ、山崎君」
「何でしょうか?」
「俺、今の山崎君も、すっげえ格好いいって思うんだ。何つうか、進む道に全然迷いがない感じでさ。……だから頑張ってよ」
「っ……藤堂さん?!」
 不意に掛けられた激励の言葉に、俺は思わず目を見張る。
 すると彼は、俺の反応にまたふっと目を細めて、「応援してるから」と小さく付け加えた。
「はい、ありがとうございます!」
 感慨を噛み締めながら、俺は彼に、端的な感謝の意を伝える。
 傍らでは、口を閉ざした山南さんが、相変わらず冷ややかに俺達を見ていたが……。
 俺はその目に故意に気付かぬ振りをして、御二人に向かい目礼すると、そのままさっと踵を返して歩き出した。

 恐らくこれからも、俺と山南さんの関係が好転することはないのだろう。
 少なくとも、俺は今、そんなふうに考えている。
 俺個人は、決してあの方に対して、嫌悪や憎悪がある訳ではない。
 確かめることなど出来ないが、きっとそれは、山南さんも同様だろう。
 だが、個人的な感情とは違うところで、俺達は互いに遠く隔てられている。
 俺を羅刹隊に引き入れたいあの方と、自らの道を既に定めた俺の主張は真っ向から対立し、決して相入れることはないからだ。
 実際、俺達はこの件に関して、江戸に到着するまでの間、幾度となく不毛な口論を繰り返した。
 鳥羽伏見の戦いにおける羅刹隊の被害の甚大さに、恐らく焦っておられたのだろう。
 山南さんの俺への誘いは、当初から執拗なものだった。
 怪我を負い、床に臥した俺の元に足繁く通っては、「変若水を飲め」「羅刹になれ」と囁き掛ける。
 俺が突っ撥ね、看病役の雪村君がいくら抗議してみても、彼は全く悪びれもせず、自らの主張ばかりを幾度も幾度も繰り返していた。
 当時からそんな状態だったのだから、俺が羅刹になったと知れば、山南さんが放って置く筈はない。
 案の定、誰からかその話を聞き付けると、彼は嬉々として、また俺の元へやって来た。
『山崎君、ついに決意したのですね!』
『……』
『ああ、まだ羅刹となったばかりなのです。戸惑うこともあるでしょう。ですが、何も心配は要りません。我々羅刹隊は、君を心から歓迎しますよ』
 沈黙を都合よく解釈し、山南さんは次々に俺に言葉を掛けて来る。
 明らかに高揚を期待を滲ませる彼の顔を一瞥して、俺はおもむろに小さく左右に首を振った。
『山南さん』
『はい?』
『せっかくのお誘いですが、俺は貴方がた羅刹隊に加わるつもりはありません』
 そうしてきっぱりと、自らの意志を口にする。
『何ですって……?』
 と、刹那。
 俺の言葉に山南さんは、憤りと不快感を露わにした。
 だがこちらも、そんな反応は想定済みだ。
『今言った通りです。新選組の監察方・山崎は既に死にました。これから俺は、山崎烝個人として、副長の手足となり、影となり、あの方を支える為に働いていくつもりです。ですから俺は、羅刹隊には入りません。これは既に、副長も承知されていることです』
 だから俺は、淡々と彼に事実を解いていく。
『馬鹿な!!』
 しかしそれを聞いた山南さんは、案の定、余計に眉を吊り上げた。
『君一人で、一体何が出来るというのです?傲慢にも程があるというものです。山崎君、それではせっかく授かった力を、無駄にすることになりますよ』
 彼は正面から俺を睨みつけ、激しくそう抗議する。
『お言葉ですが、特定の部隊に属していては、出来ないことも存在します。調査や諜報活動を担うのであれば、組織の枠など俺には必要ありません』
 だが俺は、そんな彼に淡々とまたそう言い返した。
 瞬間。
 俺の反論に、山南さんは苦々しく唇を噛み締める。
『愚かですね。まったく実に愚かだ』
『……』
『……君はまだ、羅刹の吸血衝動を知らないのでしょう。私はあの耐え難い発作を抑える方法を熟知しています。だからこそ、私の羅刹隊は、決して血に狂うようなことはない。……ですが山崎君、私は羅刹隊に属さぬ者に、手を貸すつもりはありませんよ。私の助力が得られなければ、君は早々に自我を無くし、血に飢えた化け物に成り果てます。それでもいいと言うのですか?』
 そうして彼は、今度は冷徹な脅しの言葉を口にする。
 だが俺は、それに対しても、きっぱりと首を縦に振った。
『だとしても構いません。俺は副長の影として、限られた力と限られた時間の中で、出来得ることをやるだけです。これはもう決めたことですから』
 そして一切迷うことなく、俺はまた自分の決意を口にする。
 事実、俺の胸の内には、一片たりとも躊躇いは存在しなかった。
 当然だろう。
 ――山崎……これからは、俺の為に生きてくれるか?――
 誰よりも恋い慕うあの方が、そう言って下さったのだ。
 この暗い一本道に飛び込むことに、迷いなどあろう筈がない。
 一番羅刹の存在を忌み嫌い、同時にこの幕命に口惜しい想いをされて来たあの方が、あの願いを口にするのは、どれだけの覚悟を要したことだろう。
 推し量ることしか出来ないが、俺は少なからず、それを理解しているつもりだ。
 だから俺は、この道を選んだ以上、あの人を悔やませるような真似だけは、絶対にしたくなかった。
 それに……。
 ――忘れるな。……俺は、お前を愛している――
 例えそれが人ならぬ者への変容を意味するものであろうとも、俺はあの方に求めて頂けたことが、心の底から嬉しかった。
 愛しい人が……土方さんが、自分を必要としてくれている。
 俺の愚かな想いを受け入れてくださっただけでなく、あの方自身が俺を望んでくださっている。
 少なくとも、俺には自らの道を定めるのに、これ以上の理由など一つもない。
 だから俺は、再三の山南さんの誘いを受けても、頑なにそれを固持し続けている。
 時が経つ程、業を煮やした山南さんから辛辣な言葉を浴びせられることも増えて来たが、自分一人が罵られる分には、俺は別に構いはしない。
 今の俺は、完全に新選組という組織を離れ、あの方の為だけに働く存在だ。
 平素は隊士達が出入りを禁じられている副長室の次の間に身を潜め、一度命が下されれば、昼夜問わず何処へでも赴き、与えられた任務を命を賭して遂行する。
 富士山艦の航海中に葬られたこの俺が羅刹となった事実を知るのは、副長の他、斎藤さんと彼を支える雪村君の二人だけ。
 他の方々は……、局長や沖田さんも、長年監察方の苦楽をともにした島田君も、俺と懇意にしてくれていた永倉さんや原田さんも、この事実を知りはしない。
 時折彼らが俺の噂をするのを聞けば、一抹の寂しさや申し訳なさも胸を過ぎるが……。
 しかし俺は、その事実を前にしても、この道を進むことに一切迷いは感じなかった。
「……」
 副長室への道縋ら、不意に歩調を緩めると、俺は頭上に煌々と輝く半円の月を振り仰ぐ。
 ……。
 青白い月光は、焼け付くような太陽と違い、人ならぬこの身にも優しく温かく降り注ぐ。
 自らを包み込むようなその光に、俺は思わずふっと目を細くした。
 そうしてそのまま視線を下げれば……人の目には漆黒にしか映らない庭園の歩道には、自らの影がくっきり浮かび上がっている。
 ……そう。
 これからの俺は、あの方一人に付き従う、この影のような存在でいい。
 その為に、自分はあの時、生き延びる道を選んだのだから。
 自分の影を見詰めながら、俺は改めて、胸の内で深く深くその言葉を噛み締めた。
『なあ、山崎』
 と、刹那。
 昨夜聞いた愛しい人の呼び声が、耳の奥に蘇る。
『はい?』
 俺が問うように顔を上げると、美しい恋人は、少しだけ面映ゆそうな顔をして、細い肩を一つ竦めた。
『その……な。「副長」っての、やめねえか』
『は?』
『お前はもう、新選組の監察方じゃねえだろう。そう呼ぶ理由はない筈だぜ』
 そして、白い頬を僅かに朱に染めながら、愛しい人はさらにそう付け加える。
 ――っ……!――
 直後、不意打ちのようなその提案に、俺もまた自らの頬が熱くなるのを自覚した。
 柔らかな微笑とともに告げられた言葉に込められた意味。
 この方が求めることを、はっきりと理解することが出来たからだ。
『っ……!』
 鼓動が加速し、咄嗟に言葉が出てこない。
 正直、この方からこんなことを言われようとは、今まで思ってもみなかった。
 だが……勿論こんな有難い申し出を断る理由はないだろう。
 だから俺は、自らを落ち着けるように深く一つ嘆息すると、緩やかに口の端を持ち上げた。
『承知しました。……土方さん』
 そうして、恋人の長い指に触れながら、囁くように呼び掛ける。
『山崎……』
 瞬間、美しい深紫色の双眸が、また柔らかな弧を描く。
 その輝きを目の当たりにして、俺は言いようのない幸福を自覚した。
(……土方さん……)
 俺に武士として生きられる場所をくれた人。
 誰よりも強く美しく、崇高な魂を持った俺の恋人。
 あの人の為ならば、自分はきっと、苦難や危険を厭うことなく、どんなことでも出来るだろう。
 いや……。
 土方さんを真の武士にする為ならば、俺は何だってやってみせる。
 4年前、固く心に誓った決意は、あの頃と微塵も変わらず、この胸の一番奥に存在する。
 ともに人ならぬ身となった今、その想いは潰えるどころか、さらに強く俺を突き動かしていた。


 しかしその一方で、山南さんが言われたように、俺一人の力ではどうにもならない現実が存在するのもまた事実だ。
 特に、既に死した者とされ、他の隊士達の前に出ることが出来ない自分には、事態の静観を余儀なくされる場面も数多く存在する。
 そして事実、この夜からそう日を置かずに、俺はその現実を、まざまざと突きつけられることになってしまった。
 甲陽鎮撫隊の敗戦と、それに端を発した永倉さんと原田さんの離脱。
 そして、流山における近藤局長の投降劇。
 大切な仲間達が、危機に瀕する姿を見ながら、俺はともに戦うどころか、その場所に駆け寄ることさえ許されない。
 大恩ある方々が新選組と袂を分かっていくのを知りながら、感謝や激励の言葉を掛けることも出来ない。
 その現実に、心が痛まなかったと言えば、それは嘘になるだろう。
 だが、俺はそれでも一時の感情に流されることなく、頑なに己の道を貫き続けた。
 少なくとも、土方さんは俺の前では、もう自らの激情を隠すような真似はしない。
『副長と同じものを目指し、その命を実行し、分かち難いものとして、貴方が抱える罪悪や重責をともに背負っていけたらと、俺はそう思っています』
 かつて俺が願った通り、後悔も悲しみも自分自身への憤りも、あの方は今、全てを曝け出してくれる。
 古参幹部の大半が抜け、たった一人で新選組を支え続ける土方さんが自らの感情を露わに出来るのは、恐らく俺の前だけなのだろう。
 それはきっと、驕りや過信ではないと思う。
 そう確信出来るからこそ、俺は他の何に代えようとも、影のようにあの方に寄り添う役目を、放棄する訳にはいかなかった。





<後書き>
崎土連作15話をお届けします。いよいよ後半戦に突入する今回は、羅刹になった山崎のことを描いてみました。
あまり副長を出せず、申し訳ありません。でも、出番が少ないながら、呼び方という普段より甘い2人のエピソードを描けたので、個人的には満足しています。
さて、次回は諸々飛ばして、宇都宮辺りの話です。作中にも書きましたが、甲府から流山辺りの話は、山崎の事情により割愛します。状況が状況だけに、彼には見ていることしか出来ませんからね。(泣)この辺りのエピソードはいつか書くかもしれませんが、今は完結を目指し、とにかく前に進みたいと思います。
よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。


posted by 二月 at 18:50 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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