2012年03月31日

「遠き活路(前編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第17弾の前半です。
山崎視点で描く、宇都宮城攻防戦。
一応、土方ルートを参考にしていますが、捏造度は高いです。
大鳥、風間、天霧あたり出てきます。



ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。










 関東から北へと伸びる街道沿いに、武装した一軍が陣を構えている。
 その中に、よく見知った「誠」の旗印を確認し、俺はそこで歩調を緩め、彼らの背後に近付いた。
 そうして、濃い緑に彩られた木々の間に身を潜めつつ、そっと中の様子を窺う。
「……」
 幸いなことに、探し求める方の姿はすぐに見つかった。
 大柄な島田君と並ぶように、黒い軍服に身を包んだ細い背が、俺の視界に飛び込んで来る。
 が、どうやらそこにはもう一人、意外な人物がいたようだ。
(あれは……)
 見るからに育ちの良さそうなその顔を見て、俺は思わずきつく眉を寄せていた。
 ……。
 江戸で単身、諜報活動を続けるなかで、幕府方の重鎮の顔は、ある程度頭に叩き込んである。
 一見幼く、人当たりが良さそうな彼の顔にも、俺は確かに覚えがあった。
「……」
 同じ旧幕府軍に属する者同士、「彼」がここにいることにさして疑問は感じない。
 だが、地位も立場もある「彼」が、自ら新選組副長を訪ねて来る用向きとは一体何なのだろうか。
 そう考えれば、知らずと表情が厳しくなるのは止められない。
 しかもどうやら、土方さんにとってその男は、歓迎出来る客人ではなかったようだ。
 人懐っこい笑みを浮かべる相手に反して、端正な副長の横顔は次第に険しさを増していく。
 そうして窺うこと暫し。
 やがて招かれざる客であったその男は、にこやかに一礼すると、颯爽と二人の元から退散した。
 残された土方さんは、その背中を見送ると、心底辟易した様子で、深々と一つ嘆息する。
 しかし彼はすぐに気持ちを立て直し、傍らの島田君に何か指示を与えた後、一人部隊から離れ、俺がいる森の方へと足を進めた。
(土方さん……?)
 少し離れた木々の間へ消えていく、愛しい人の姿を見て、俺は慌ててその後を追い掛ける。
 足早に、しかしなるべく気配を潜めて近付くと……。
 土方さんは、自軍の様子が伺えるぎりぎりの位置で足を止め、葉桜の下でご自身の爪先を、ただじっと見詰めていた。
「……」
 ――っ?――
 その唇が、堅く引き結ばれているのに気付き、俺は刹那、息を飲む。
(土方さん……)
 たった一人で顔を伏せ、懸命に心の嵐に耐える背中。
 その光景は、俺の胸にも激しい傷みと切なさの記憶をありありと蘇らせるものだった。
 ……そう。
 あれは今から10日程前。
 流山で近藤局長と袂を分かった直後にも、この方はやはり、こんなふうに全てに背を向け、一人立ち尽くされていた。
「ッ……!」
 ……。
 江戸を離れ、会津へ向かうと決められてから、少なくとも副長は、表面上落ち着きを取り戻されていた。
 だが、局長が未だ戻らぬ状況で、その御心が真に晴れる筈もない。
 自らに対し誰より深い悔恨と憤りを抱えながら、局長の代わりに皆を率い続けるのは、どれだけの痛みや苦悩を伴うことだろう。
(土方さん……)
 込み上げる切なさに、俺はまた胸中で、愛しい人の名前を呼ぶ。
 ちらりと周囲を一瞥したが、幸い今ここに他に人影はないらしい。
 その事実を確かめてから、俺はゆっくりと副長の傍へ近付いた。
「ん?……ああ、山崎か。戻ってたんだな」
 刹那。
 振り返り、俺の姿を捉えると、深紫色の双眸は、ふっと柔らかな弧を描く。
 その微笑を真っ直ぐに見返して、俺は一つ顎を引いた。
「はい、今し方。客人が来られていたようでしたので、こちらで様子を見させて頂きました」
「客人、な……」
 と、副長は俺の言葉に、苦味が混じった笑みを浮かべる。
「山崎、お前はあいつが誰だか知っていたのか?」
 そうして改めて問い返され、俺はまた端的に頷いた。
「はい……大鳥圭介。かねてより、幕府方の陸軍の育成に携わっていた人物ですね。勝安房守とも知己であり、確か2月の末には、歩兵奉行に昇進を果たしていた筈です。薩長との徹底交戦を唱え、江戸城の無血開城を期に、兵を率いて城を出たと聞いていますが」
「さすがだな。お前が相手だと話が早くて助かるぜ」
 と、俺の説明に、副長をほんの一瞬眦を緩めてそう呟く。
 だが彼は、すぐにまた表情を引き締めて、心底苦々しい様子でそっと薄い唇を解いた。
「その歩兵奉行様がな。今度、彰義隊の……この軍の総大将になるんだそうだ」
「……っ!」
「さっき、直々に挨拶に来てな。俺に先鋒隊の参謀を任せたいんだとよ」
「参謀?」
「ああ。自分にゃ実戦経験が足りねえから、鳥羽伏見の戦を経験した俺の力を借りてえんだと」
「……そう、ですか」
 何処か自嘲が滲む土方さんの物言いに、俺は曖昧に、そう答えるしか出来なかった。
 すると、そんな反応に、愛しい人は一つ小さく肩を竦める。
「まあ、いいさ。俺は元々、今更日和見を決め込んだ慶喜さんや幕府の為に戦さをする気はねえからな。俺は近藤さんが戻るまで、新選組を守り抜き、武士としててめえの道を貫くだけだ。今更大将が誰だろうが関係ねえさ」
「土方さん……」
「もっとも、今のこんな時代の中じゃ、俺達が貫こうとしている道なんてものに、そう価値はねえのかもしれねえけどな」
「っ……何を仰るのですか?」
 瞬間。
 不意に付け加えられた一言に、俺は堪らず声を上げる。
 副長は、動揺を露わにした俺の目をじっと見返すと、何だかやけに寂しげな顔で微笑んだ。
「……悪い。こんなのはみっともねえ愚痴だよな。忘れてくれ」
 そうして誰より愛しい人は、またそんなことを言う。
(土方さん……!)
 掛けられた痛々しいその声に、俺は今度こそ、返す言葉を失った。
 ……。
 鳥羽伏見の戦いで、剣槍の時代の終わりを突き付けられ。
 流山で近藤局長という支えを無くし。
 そんな過酷な状況の中、この方は今も懸命に前を向き、武士として、新選組副長としての生き様を貫こうとされている。
 この人は誰より強い。
 無論その強さを、俺はよく知っている。
 だが……いかに強い方であろうと、こんな苦境に立たされて、葛藤や苦悩を覚えない訳はない。
『忘れてくれ』
 ……。
 ひょっとして、今の副長は、俺をあの時生かしたことさえ、悔いておられるのかもしれない。
 複雑そうな切れ長の瞳を見つめながら、俺はふとそんなことを考える。
 俺がお慕いする人は、強く気高く優しい方だ。
――山崎……これからは、俺の為に生きてくれるか?――
 羅刹と化してまで、俺に生きろと求めた自分が、俺に迷いなど見せる訳にはいかないと、そう考えられていたとしても、何も不思議はないだろう。
 それこそ俺には馬鹿な話だ。
 例え人ならぬ身となろうとも、こうして土方さんの傍にあることこそ、俺には至上の喜びなのだから。
 だが……。
 自分の存在が今の副長には罪悪しか齎さないのだとしたら、俺は愛しいこの人に、一体何を告げれば良いのだろう。
「……」
 答えが容易に見つからないまま、俺はただじっと深紫色の瞳を仰ぐ。
 と、俺の反応に、副長は少し困ったように、また口角を持ち上げた。
「まあ、ともかくだ。こっちもこれ以上の負け戦さは御免だからな。惨敗の経験だろうが、役立てるなら、せいぜい使って貰おうじゃねえか。そのつもりで、さっき島田には、俺と離れて後方の部隊に古株の隊士達を振り分けるよう指示を出した」
 そうして気を取り直した副長は、端的に俺に状況を説明する。
 その言葉に、俺もまた表情を引き締め、頷いた。
「承知しました。では俺は、後方の部隊の動向を探り、逐一ご報告します」
 先回りしてそう告げると、副長は答えて一つ目礼する。
「ああ、頼むぜ。この軍には、新選組隊士ってだけで、色眼鏡で見る連中もいるようだからな。味方内でも小競り合いが起きねえとも限らねえ。お前が目を光らせておいてくれ」
「お任せください。会津で斎藤さん達と合流するまで、少々人員は手薄ですが、新選組の名を汚すような真似はさせません」
 与えられた新たな任務に、俺はきっぱりそう告げる。
 と、刹那。
 その一言に、副長は僅かに複雑そうな顔をした。
「会津、か……」
「土方さん?」
 唐突な呟きに疑問を覚え、俺は思わず小さくまた呼び掛ける。
 すると土方さんは、少し気まずそうな顔をして、すぐさま左右に首を振った。
「何でもねえよ。……ただ、甲府の時といい、敵さんは随分足が早えみたいだからな。向こうに着くまで、何事もなきゃいいと、そんなことを考えただけだ」
「……」
 あくまでも確証のない、漠然とした不安を感じておられるのだろう。
 副長は、また小さな苦笑を浮かべながら、そんな言葉を口にする。
「土方さん……」
 何時になく気弱なその表情に、俺もまた、言いようのない不安と焦燥感を自覚した。


 そうして、土方さんのこの懸念は現実のものとなってしまう。
 関東と東北を結ぶ要所である宇都宮城が、一足早く、薩長軍に占拠されてしまったのだ。
 総大将である大鳥圭介は、この事態に後方の部隊の到着を待っての城攻めを指示。
 だがそれに対し、土方さんは真っ向から反論した。
 先に抑えられたとは言っても、今宇都宮城にいる部隊の装備はさほど強力なものではない。
 それに例え、味方の増援が来たとしても、最新式の銃砲を備えた敵軍が宇都宮に着いてしまえば、最早城の奪還は不可能になる。
 ならばここは、今いる部隊で攻勢に出るべきだ。
 それがあの方の、先鋒軍参謀としての見解だ。
 両者の意見は平行線を辿ったまま、どちらも一歩も譲らない。
 だが、最終的に半ば無理矢理押し切るかたちで、土方さんは自らの部隊を率いて、宇都宮城への攻撃を開始した。
 当然俺は、敵情に目を光らせつつ、その部隊に秘密裏に帯同する。
 やや後方から見ていても、自軍を率いる副長の戦い振りは、まさに鬼気迫るものだった。
 銃弾に怯み、逃亡を図った味方兵を自らの手で粛清し、すぐさま身を翻して真っ先に敵陣の只中へと斬り込んで行く。
 その背には、最早先日の苦悩はない。
 俺達がずっと信じ続けて来た……、京の町で「鬼」と恐れられていた新選組副長・土方の姿がそこにはあった。
 そして、その獅子奮迅の戦い振りは、端から敗北を決め込んでいた味方陣営に奮起を促すことになる。
 結果、攻撃を開始してから半日余りで、彰義隊先鋒軍は、宇都宮城の城門を開くことに成功した。
(よしっ……!)
 その様子を見届けてから、俺は自身の使命を果たすべく走り出す。
 真正面から、自軍が突入を果たした今、一番の懸念は、伏兵による背後や側面からの急襲だ。
 勿論、部隊の中にも見張り役は立てているが、俺にはいち早く不測の事態を察知して、副長に伝える義務がある。
 俺は、予め調べておいた他の小さな門を巡り、状況に変化がないかを片っ端から調べていった。
 一見したところ、どの門でも目にするのは、逃げ惑う薩長軍の兵達ばかり。
 その中に奇襲を狙おうとする不穏な動きは見られない。
 だが城壁に沿い、単身移動している最中、俺は壁を越えて飛び出して来た、ある男を目の当たりにして、思わずその場に立ち尽くした。
「な、お前は……!!」
 驚きに、我知らず上擦った声が喉から零れ落ちる。
 奴は既に、俺の存在に気がついていたのだろう。
 さして驚いた様子もなく、その男は視線を擡げると、真正面から静かな瞳で俺を見据えた。
「っ……!!」
 その威圧感と鋭さに、俺は無様に動くことさえ忘れてしまう。
 いや……。
 仮に行動を起こせたとして、俺が彼を害することは、恐らく不可能だっただろう。
 かつて俺は、この男が自らの拳だけで、斎藤さんをねじ伏せた場に居合わせている。
 あの斎藤さんが、赤子の手を捻るがごとく、軽くあしらわれてしまっていたのだ。
 俺ごときの剣などで、この鬼の相手が務まる筈はない。
 しかし幸い、彼に今、戦いの意志はないようだ。
 赤毛の鬼……天霧九寿は、息を詰めて自分の方を見る俺に、直後小さく顎を引いた。
「君は確か……。そうですか、幕府軍の奇襲と聞いていましたが、やはり君達新選組も参加していたのですね。ということは、指揮官はあの土方という男ですか」
(ッ……!)
 瞬間、唐突に副長の名を出され、俺は鋭く息を飲む。
「お前達、鬼の者には関わりのないことだ。第一、何故お前がここにいる?」
 勿論、迂闊に答えることなど出来はしない。
 だから俺は、逆にそう天霧に問い返す。
 すると一際大柄な鬼は、暫し俺を見返した後、また静かに唇を解いた。
「我々は単に薩摩藩の使者として、この地を訪れていたまでです。今のところ、この戦いに加わる理由はありません」
「……」
「しかし、弱りましたね。まさか彼がここに来ていようとは。城内に残した風間が、気付かなければ良いのですが」
「何?!」
 刹那。
 一番聞きたくなかった男の名前を口にされ、鼓動が大きく跳ね上がる。
 驚きの声を上げた俺に対し、天霧はまた一つ、いかつい顎を縦に引いた。
「ええ、ここに来たのは、私だけではありません。風間もまた同様です。城内であの男の悪ふざけが始まったので、私は一足先に退散するつもりでいましたが……。風間は自分に傷を負わせた土方に、ただならぬ執着を抱いている。大事に至らぬうちに、止めに入るべきでしょう」
 大柄な男は、酷く淡々とした口調で俺に状況を説明する。
 だが俺は、彼の言葉が終わらぬうちに、踵を返して駆け出していた。
(土方さん……っ!)
『はははは、終わりだ!』
『ちぃっ!!』
 脳裏に淀城近くで目の当たりにした光景がありありと蘇る。
 羅刹と化した身でありながら、次第に風間の剣に圧され、追い詰められていく副長の背中が脳裏に浮かぶ。
――風間は自分に傷を負わせた土方にただならぬ執着を抱いてします――
 ……執着?
 いや、違う。
 あれはまさに妄執だ。
 常の悠然とした仮面を脱ぎ捨て、文字通り鬼の形相となった風間は、狂ったように笑いながら、目の前の獲物を切り刻もうと挑みかかる。
 そして……。
「っ!」
 そこまで考えを巡らせた後、俺は半ば強引に自らの思考を断ち切った。
 ……。
 無論、あの方を信じていない訳ではない。
 だが、幾ら拭おうとしてみても、嫌な予感は容易に頭を離れてくれない。
(急がなければ……!)
 出来れば、風間と鉢合わせてしまう前に、あの方に追い付きたい。
 その一心で、俺は混乱が続く城壁の横を駆け抜ける。
 そうして、最も近くにある小さな門に辿り着くと、俺は迷わずその中へと飛び込んだ。




<後編へ続く>


posted by 二月 at 10:35 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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