2012年03月31日

「遠き活路(後編)」 山崎×土方

山崎×土方連作第17弾の後半です。
前編同様、山崎視点で描く、宇都宮城攻防戦です。




ご了承頂ける方のみ、本文へお進みください。










 幕府軍の突入を受けた宇都宮城では、まだ兵達の小競り合いが続いていた。
 とは言っても、副長に奮起を促された味方兵の志気は高く、反して城門を破られた敵軍は既に腰が引けている。
 この分では、多少の伏兵がいたとしても、自軍の優勢は最早動かないだろう。
 今兵達は、目の前の敵を倒すこと以外、眼中にない。
 こちらから故意に向かって行かない限り、俺を注視する者などいない筈だ。
 まして、俺の顔を知る新選組隊士は、この戦いに殆ど参加していない。
 なら今は、見咎められることなど恐れず、先を急ぐべきだろう。
 そう判じて、俺は城の回廊を、奥へ奥へと進んで行く。
 突入を果たした時から、行き先は天守閣だと決めていた。
 無論確証がある訳ではなかったが。
 天霧は、自分達が元々薩摩藩の命を受け、宇都宮に来たのだと言っていた。
 薩摩からの客人とあらば、相応の扱いは受けていたと推測されるし、あの高慢な風間千景の振る舞いから考えても、城の中心で待ち構えるというのが、一番似つかわしく思える。
 だから俺は、己の直感だけを頼りに、城の中央に位置する広間へと向かい、一目散に走り続けた。
「……」
 進むにつれ、空気に混じる血の臭いが次第に濃度を増していく。
 ふと辺りを一瞥すれば、あちこちで斬り合ったと目される両軍の兵が折り重なるように倒れていた。
―ッ……!―
 時折周囲からは、まだ絶命することなく、苦しげに呻く声も聞こえて来る。
 それに……。
 これが、羅刹の本能というものだろうか。
 垂れ込める血の臭いを嗅ぐ度に、心の奥が不自然にざわついて仕方がない。
 だが今の俺に、そんなものに構っている余裕はない。
 生存者への罪悪感に僅かに胸を焦がしながら、俺は幾多の骸を踏み越えて、愛しい人の姿を探す。
 そうしてどれだけ走り続けたことだろう。
 目の前に目指す広間の入り口を見つけ、俺は一切迷うことなくその中へ一気に飛び込んだ。
「ッ……これは!!」
 その瞬間。
 周囲の空気は一変した。
 ……。
 濃密な血の臭いと凄惨な光景に、俺は堪らず込み上げる不快感を噛み殺す。
 恐らく、数年前の俺ならば、耐えきれず嘔吐していただろう。
 目の前には、それ程に酷たらしい光景が広がっていた。
 きっと我先に手柄を得ようと、相手が誰かもわからぬまま、斬り掛かってしまったに違いない。
 広間には幾つもの自軍の遺体が転がっていた。
 彼らは皆、抵抗した様子もなく、一撃で首を落とされている。
 血にまみれ、苦悶に満ちたその顔は、どれも見る者に死の絶望を伝えるには、十分過ぎるものだった。
「っ……!」
 胸に湧く吐き気を堪え、俺はさらに奥を目指す。
 そして、転がる幾つもの首や遺体の向こう側に、俺は血走った目で互いを睨む、二人の男の姿を見つけた。
(……土方さん!!)
 瞬間。
 眼前に突き付けられたその様子に、思わず鋭く息を飲む。
 広間の奥で、不遜なまでの微笑を浮かべて一人佇む金髪の鬼。
 その前には、全身を血に染めて膝をついた、愛しい人の背中があった。
 しかも……。
 これはどういうことだろうか?
 軍服の裂け目から覗くその傷口は、塞がるどころ今尚鮮血を滴らせている。
「っ、くそ……!」
「クク……、どうした、抵抗はもう終わりか?」
「ぐぅ、……っ!」
「ふははは、無様だな。だが、貴様には似合いの末路だ。もっと醜く這い蹲れ。そして人間の身でこの俺に楯突いた己の愚かさを悔いるがいい!」
 悔しさと憤りに顔を歪める副長に、風間はさらなる嘲笑を浴びせる。
 ……そう。
 互いに刀を構えてはいたが、彼らの雌雄は、火を見るよりも明らかだった。
 と、瞬間。
 目の前で、さらに信じがたいことが起こる。
 羅刹の証である副長の白髪と真紅の瞳が、不意にその色を変えたのだ。
――?!――
「な、何?」
 自らの身に起きた事態に、土方さんは驚愕を露わにする。
 すると、その反応に、風間千景は勝ち誇ったように笑い出した。
「はははは、ついにまがい物の力も尽きたか。哀れな最期だな、土方。最早貴様に為す術はない。このままなぶり殺しにしてくれるわ!!」
「ちいっ……!」
 風間の言葉に、副長はきつく唇を噛み締める。
(副長!!)
 最早、一刻の猶予もない。
 その瞬間、俺は自身の刀を抜き、床を蹴って駆け出した。
 そうして、今にもまた斬り掛からんとする風間の前に、寸でのところで割って入る。
 直後。
 周囲に刀がぶつかる金属音が、一際高く鳴り響いた。
「っ、山崎?!」
 不意に乱入した俺に、背後から土方さんの声が掛かる。
 俺は逼迫したその声を聞きながら、渾身の力で風間の刃を受け止めた。
「っ……!」
 衝撃に、両の手がじんと痺れる。
 想定以上の力に圧され、手首の関節が悲鳴を上げる。
 だが今ここで、むざむざ退く訳にはいかない。
 俺はきつく奥歯を噛むと、目の前に立つ細面の鬼を真正面から睨みつけた。
 と、刹那。
 風間は俺を冷たく見下ろし、端正な顔をいびつに歪める。
「貴様は、あの時の……」
「……」
「おのれ、まがい物になり果て、おめおめ生き恥を晒した挙げ句、まだこの俺の邪魔立てをするか!……忌々しい。実に不愉快だ!!」
「っ……!」
 言葉とともに力を増した相手の腕に、俺は堪らず低く呻く。
 恐らく、風間はまだ五分の力も出してはいまい。
 だがこちらは、今でさえ、何とか剣を支えている状況だ。
 あと僅か、この鬼が本気を出せば、きっと俺は容易く弾き飛ばされてしまうだろう。
 そして……。
 一度隙を見せたら最後、風間の次の一撃を、自分は恐らくかわせない。
「山崎……っ、よせ。…お前が、敵う相手じゃねえ!」
 その事態に、感づかれたのだろう。
 副長は懸命に身体を起こし、掠れた声を張り上げる。
 だが俺は、その怒声にはっきり首を横に振った。
「土方さん……。お言葉ですが、その命令には従えません」
「何?」
「俺の命は貴方のものだ。俺はあの時、そう貴方に誓った筈です。……ならば、この身もこの剣も、俺の全ては貴方を守る為にある。窮地に立つ貴方を置いて、退くことなど出来ません。貴方を守らず生き長らえる命など、俺には何の意味もないんだ」
「山崎……」
 言い放ったその言葉に、副長は呆然とまた俺を呼ぶ。
 と、瞬間。
 風間はそんな俺達をまた一瞥し、嘲るような笑みを浮かべた。
「ふっ……。大した忠誠心だな。よく飼い慣らしたものだ」
「風間……」
 その一言に、土方さんは目を細め、金髪の鬼を睨み返す。
 だがそれに対して風間千景は、ただ冷笑を深くしただけだった。
「まあ、いいだろう。まがい物同士、馴れ合いたいというのなら、二人まとめてこの俺が冥土へと送ってくれる」
「……」
「ただし、ただでは殺してやらんぞ。土方、貴様は最高の苦しみを与え、嬲り殺しにしてやると決めているからな。クッ……まずは目の前で、その忠犬を血祭りに挙げてやるのもいいだろう」
「ッ?!」
「山崎、避けろ!」
 刹那。
 真紅の瞳がぎらりと輝く。
 不意に纏った不穏な気配に気付いた時には、もう既に遅かった。
 風間は強引に、俺の剣をなぎ払うと、そのまま一気に攻勢に出る。
「くっ……!」
 だが言葉通り、奴は一撃で俺を始末する気はなかったようだ。
 その思惑に助けられ、次の攻撃も、俺は何とか受けとめることに成功する。
 だがそれを見て、風間はさらに冷ややかに口角を持ち上げた。
「ほう、受けたか。まがい物とはいえ、確かに力は増したようだな。貴様には、今の一撃で充分かと思っていたぞ」
「っ……」
「だが、やはり脆弱だな。変若水を飲んでこの程度とは。貴様ごとき、どう足掻こうが、所詮俺の敵ではない。さて、その細腕でいつまで楽しませてくれる?」
「くそっ……!」
 憤り毒づく俺に、風間はまた悦に入り、自らの刀を振りかざす。
「風間、てめえの相手はこの俺だろうが!!」
 その瞬間。
 隙をつき、怒声とともに副長が横から風間に斬り掛かった。
「ふ、愚かな……」
 しかし、度重なる負傷と出血で疲弊した身体は思うようには動かない。
 結果、精細を欠いたその攻撃はいとも容易く風間に交わされ、逆に突き飛ばされた副長は、そのまま床に崩れ落ちた。
「土方さん!!」
 すぐには立ち上がれないのか。
 俺の声にも副長は低く呻き、僅かに身動ぎするばかりだ。
 その光景に、風間はまた、狂ったように笑い出した。
「はははは……。見苦しいな、土方よ」
「野、郎……」
「だが、貴様に手は出させんぞ。貴様はそこで、この男が無残に朽ちる様を指を咥えて見ているがいい」
「っ……!」
 嘲りを隠さぬ言葉に、副長はきつく細い眉を寄せる。
 その反応に満足したのか、風間はそこで、改めて俺に目を移した。
 ……っ!
「さて、どうしてくれようか。やはり虫けらの分を弁えぬ愚か者は、二度と自らが武士だなどと驕らぬよう、両の腕から切り刻むか」
「――っ!」
 決して戯れや脅しではないその言葉に、冷たい汗が背を伝う。
 そして直後。
 真紅の瞳が揺らめいたのを見た瞬間、風間の猛攻は始まった。
(速い……!)
 その鋭い太刀筋に、俺は思わず目を見張る。
 振り下ろされた剣の速さは、先程までの奴の動きの比ではなかった。
 何とかこちらも応戦しようと試みるが、今度はまるで歯が立たない。
 風間の太刀は抵抗を嘲笑うかのように、容易く防御をかいくぐり、執拗に肩や腕ばかりを斬りつけて来る。
「っ…ぐぅ、……く!」
 やはり風間が持つ太刀は、何か妖しげな力を放っているらしい。
 副長の時と同様に、羅刹と化した俺の傷にも、まるで塞がる気配はない。
 その事実が、窮地の俺をさらに絶望の淵へと追い込む。
(くそっ……!)
 せめて太刀は落とすまい。
 そう誓い、俺は懸命に、柄を握る指の先に力を込める。
 だがそれさえも、圧倒的な力の前には、無駄な足掻きに過ぎなかった。
 血に染まった両腕は、徐々に感覚が曖昧になり、いつしか指先が痺れ始める。
 そうしてまた加えられた一撃に、俺はついに支えきれず、太刀を大きく弾かれた。
「しまった……!」
 反射的に声を上げ、俺は慌てて床を滑る刀に向かい手を伸ばす。
 だが、そこに待ち構えていたのは、一足先に回り込んだ風間の剣の切っ先だった。
「そこまでだ」
「うわあああぁぁぁぁ!!!」
 真上から、右手の甲を貫かれ、俺は堪らず絶叫する。
 それでも何とか、取り落とした刀を拾おうとしてみるが……。
 出血と傷で力を無くした右手の指では、もう太刀を取ることは叶わなかった。
 それを見下ろし、風間はまた冷ややかに笑う。
「くく……。どうした?あの男を守るのだろう。芋虫のごとく這いつくばっているだけでは、何も出来んぞ?」
「……」
 掛けられる嘲りにも、俺は最早、唇を噛むことしか出来ない。
 と、刹那。
「山…、ざ…き………」
 愛しい人の呼び声が、微かに俺の耳に届く。
 掠れてしまったその響きに、俺はどうしようもない無力感を自覚した。
 …………。
 どうすればいい?
 どうすれば、この窮地を切り抜けられる?
 激痛に耐えながら、俺は懸命に思考を巡らせる。
 端から自分ごときの腕で、風間に勝てるとは思っていない。
 今日ここで、この命が尽きたとしても、それを惜しいとも思わない。
 だが……。
 まだだ。
 まだこのままでは終われない。
 せめて副長を無事に離脱させるまでは、俺は死ぬ訳にはいかないんだ!!
「っ……!」
 その意地と一念だけで、俺は再び風間を見据える。
 もし、命乞いが通じるのなら、俺自身はどんな醜態でも容易く演じてみせただろう。
 だが、最初から、風間の目的は土方さんだ。
 どんなに懇願したとしても、この鬼がそれを受け入れる筈もない。
 ならば、どうするか……。
「……」
 端的に言えば、状況はかなり絶望的だ。
 どんなに必死に考えようが、俺の頭では当然策などすぐには浮かばない。
 それでも俺は、愛しい人を救う為、未練がましく同じ思考を巡らせる。
 と、風間はそんな俺を一瞥し、また低く喉を震わせた。
「くく……、どうやら悪足掻きもの終いのようだな」
「っ?!」
「哀れな奴だ。せいぜい己の非力を恨みながら死ぬがいい!」
 そうして勝ち誇ったように言い放つと、奴はまた剣を振り上げる。
(ここ、までか……)
 迫り来る自らの死と衝撃に、反射的に上体が固く強張る。
 だが……。
 目を伏せ身構えた俺の元に、風間の太刀が振り下ろされることはなかった。
「な、貴様……!!」
 代わりに耳に届いたのは、苛立ちと驚愕が滲んだ奴の声だ。
(何……?!)
 予期せぬ事態に、俺は思わず視線を上げる。
 するとそこには、憤りに顔を歪めた風間千景と、後方から彼の腕を取る大柄な鬼…天霧の姿があった。
「天霧!貴様……この俺の邪魔をするか?」
 愉悦の時を中断され、風間は現れた同朋を鋭い目で睨みつける。
 だが、それに対して天霧は、ただ静かに首を振るだけだった。
「冷静におなりなさい。風間、貴方はこの城の状況がわからないのですか?」
「何?」
 突きつけられたその苦言に、真紅の瞳が微かに揺れる。
 と、刹那。
 天霧の言葉の意味を告げるように、轟音と煙混じりの熱風が広間の中に舞い込んで来た。
「これは……っ!」
「薩長軍が、城を放棄する直前、城内に火を放って行きました。今のは恐らく、死者が持つ銃の火薬に炎が燃え移ったのでしょう。火の回りが早い。すぐにでも、この場を離脱しなければ、我々も無事では済みません」
「……」
 説き伏せるようなその言葉に、風間は暫し、苦々しく眉を寄せる。
 だが奴も、ここで死ぬつもりはないらしい。
 数瞬の思案の後、金髪の鬼は細く一つ嘆息すると、自らの刀を鞘に収めた。
「……?」
「ふん、仕方があるまい。この場は一旦退いてやる」
 そこまで言うと、風間は冷ややかな目で、また俺達を一瞥する。
――……――
「貴様ら、命拾いしたものだな。俺が次に殺しに行くまで、せいぜい無様に這いつくばって生きるがいい。……まあそれも、無事にこの場を逃れられたらの話だが」
 そうして最後に、冷ややかな皮肉の言葉を投げつけると、奴はそのまま踵を返す。
 天霧は、俺達に一つ目礼すると、無言のまま、風間を追って歩き出した。
「っ……!」
 二人の姿が視界から消えると、俺は足を引き摺るように、副長の元へと歩み寄る。
「っ……土方、さん!土方さん!!しっかりしてください」
 どうやら出血と痛みで、ほとんど意識を無くされているらしい。
 覗き込み耳元で呼び掛けても、返されるのは、か細い呻き声ばかりだ。
(っ……!)
 傷口から今なお滴る鮮血に、血の気の乏しい青白い頬。
 その様子に風間に斬られた傷の深さを痛感し、俺は堪らず唇を引き結ぶ。
 とにかく一刻も早く、安全な場所へ副長をお連れしなければ。
 そう考え、俺は両手を細い肩に掛け、愛しい人を抱え上げる。
 が……。
「ぐっ…ぁ……!」
 無理に力を込めた瞬間、手のひらと腕の傷に激痛が走り、俺は堪らずまたずるずるとその場に突っ伏した。
(くそっ……!)
 恐らくは何ヶ所か、傷は骨まで達してしまっているのだろう。
 これでは抱き上げることはおろか、副長の傷を確かめることさえもままならない。
 その事実に、俺は思わず舌打ちする。
「……」
 …………。
 自分はなんと無力なのだろう。
 守るなどと偉そうに言いながら、俺は結局この状況で、この方の足になることさえ叶わない。
 今この方を助けられるのは、傍に在る自分だけなのに。
「―――っ!」
 瞬間。
 憤りと悔しさと深い絶望に目が眩み、俺は堪らず顔を伏せ、またきつく奥歯を噛み締める。
 そうして俺は、半ば無意識に、愛しい人の白い頬に右手の指の先を沿わせた。
(土方さん……)
「土方、さん……」
 助けたい。
 助けたい!!
 何としても、この人だけは。
 まだこの人には、新選組副長として、生きて為すべきことがあるんだ。
 だから……!!
 祈るように、願うように、俺は胸の内側で、ただ呆然とそんな言葉を繰り返す。
 その時だ。
「副長!土方副長!!どちらにいらっしゃいますか?!」
 迫り来る炎の音の向こうから、聞き慣れたその声が、微かに耳に飛び込んで来た。
 ――っ?!――
 不意に訪れた希望の兆しに、一瞬俺は、それが自らの幻聴かと錯覚する。
 だが……。
 今は、そんなことを考えている場合じゃない。
 無力で無様な自分に代わり、この方を助けてくれるなら、相手は鬼だろうが幻だろうが構うものか。
 そう思い、俺は煙を孕んだ空気を吸い込み、力の限りの大声を張り上げる。
「島田君、こっちだ!!ここにいる!!」
 どうやら彼は、この広間から近いところまで来ていたらしい。
 数拍の後。
 すぐに慌ただしくも重い足音が、廊下の向こうから聞こえ始める。
 覚えのある懐かしいその気配に、俺は直後、深い安堵を自覚した。
 無論、ここに「彼」を呼び寄せることは、俺の生存を教えることに他ならない。
 だが今、俺にとってそんなことは、ごく些細な問題に過ぎなかった。
「副長!…………え?や、山崎君?!」
 だから俺は、自分を見るなり目を見張った同僚を、ただ静かに一瞥する。
「話は後だ。今は負傷された副長を、一刻も早く城の外へお連れしたい。島田君、頼めるか?」
 平静を装って淡々とそう促すと、島田君はハッと鋭く息を飲み、大きく一つ顎を引いた。
「はい!あの……ですが、山崎君は」
「俺なら心配ない。斬られたのは肩や腕だけだ。自分の足で逃げられる」
「わかりました。土方さんは任せてください」
 俺の答えにまた頷くと、島田君は足早にこちらに歩み寄る。
 そして彼は、軽々と副長を抱え上げ、また斜め上から俺の方を見返した。
「では、行きましょう。退路は確保してあります。俺について来てください」
「ああ、頼む」
 力強いその言葉に、俺は了承の意を伝えて立ち上がる。
 そうして俺達は、燃え盛る広間を抜け、門へ向かって一目散に駆け出した。
 ……。
 こうして彼と肩を並べるのは、何時以来になるのだろう。
 広い廊下を駆け抜けながら、目の前にある大柄な背を見つめ、俺はふとそんなことを考える。
 どうやら頼れる援軍を得て、多少気が緩みつつあるらしい。
 まだ周囲には炎がくすぶり、副長の手当てさえままならない状況にありながら、俺はかつての相棒とこうしてともに動けることに、いつしか小さな喜びと深い安堵を噛み締めていた。





<後書き>
崎土連作17話をお届けします。今回は、宇都宮攻防戦です。
短いシーンが多々あるので、長くなるかなと思ったら、案の定前後編になりました。
おかげで更新もギリギリ……何とか間に合って、今はほっとしています。
さて、宇都宮。山崎がというより、今回は風間千景が大活躍だった気がするのは何故でしょうか?(苦笑)
ええ、正直な話、愛するキャラをここまで散々いたぶったのは久々です。正直初めてかもしれません。でもね、ここまでSなキャラを書くことはあまりないので、この風間は書いててちょっと楽しかったです。山崎、副長、ごめんなさい。
さて、次回は療養中の日光の話です。予定では、大鳥さんと島田さんは出て来る予定。
今回が殺伐とした内容になりましたので、戦はちょっと小休止。少しは甘い雰囲気になればいいなと思っています。
よければまた、お付き合いください。


posted by 二月 at 12:08 | 山崎×土方連作「夢の蹟」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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